異端者たち②
「っ、は、あっっはははは!!嘘でしょアダム、これでもダメなのか!俺、かなりベクトル弄ったんだけどなぁ!」
アダムの拳を受け止めたヴァニタスの両腕が吹き飛ぶ。これでもう5回目。脚が吹き飛ぶのも含めるともう両手の指では足りない数は四肢が欠損した。
「おいおい……マジで大丈夫か?」
「ったりめぇだバーカ!お前と戦うためにこちとら山ほど薬作ってんだよ……っ、ぐぅァッッ!!痛っっってぇな畜生!!」
ヴァニタスが痛みに喘ぐと同時に、体が再生する。本来破面には失われたはずの超速再生が、ヴァニタスの両腕を寸分違わず復元していく。あまりの激痛に絶叫してはいるものの、その顔つきは依然笑顔だ。
「スターク、アレ俺との戦いのときも使ってたっていう薬?」
「だな。本来破面が持ってねぇ機能を無理やり付けるから、再生する部分と魂魄に激痛が奔るらしい。ったく、よくやるぜ」
「……止めた方が良くないか?今だったら俺とスタークなら」
「やめとけやめとけ。馬に蹴られて死んじまう。大丈夫だ、本当にもしもになったらその時に止めればいい」
スタークは争いを好まない。自分は勿論そうだし、ロゼやリリネット、ヴァニタスのように大事な人が争い死ぬこともまた好きではない。そんな彼が、むしろロゼにそうやって静止の声をかけている。
つまり、それほどヴァニタスにとっては本気の戦いであり、彼自身の意志をスタークが尊重しているということなのだ。……ならばと、ロゼも静観を選択する。自分とヴァニタスもまた友であり、なればこそ、見守ることが大事だと思ったのだ。
「がんばれー!ヴァニタスー!」
「っは、危ないから離れておいてって言ったのに……ロゼもスタークも……」
「友達多いんだな」
「お前もだろ、アダム。後ろでネリエルが応援してる」
「勝つのよ、アダム。そのウサギに一泡吹かせてやりなさい!」
「………アレが応援かね?」
「応援だろ。俺たちを止めるんじゃなくて見守ってるんだから」
アダムの振動から逃げ回ったヴァニタスの指先がやっと再生する。といっても、幾度とない激痛に苛まれた彼の顔つきは笑いが崩れずとも疲労が見える。誰がどうみても劣勢。勝負にはならない。
しかし、そんなことわかっていたことだ。問題はここからどうするかであって、ここまでの流れは大した問題ではない。
「ふぅ……やっと整った。滅却師としての力、使うの難しすぎるんだよな」
「……滅却師?お前は虚だろう」
「虚だし、虚だったよ。さっきまではほんの少し滅却師としての力を持ってるだけの虚だった。でも、今は違うね」
高らかに世界に宣誓する。右手を振り上げ、そこら中に散らばっている“自分たち”に語りかけるように。
「聖隷。暴れ回れ、俺たち」
「……!なんだ、これ…」
ヴァニタスの神聖弓は特殊だ。弓の弦を引くという動作がなくとも、手で弓を形成せずとも、宙に霊子を固めて形成することができる。それらを遠隔で操作し、神聖滅矢を射出するのがヴァニタスのやり方……であったのだが、今回の様子はひと味違ったのだ。
細長い小刀のような形状をしていた神聖弓たちは蒼く発光するウサギのような形状へと変化した。それぞれが滑るように宙を跳び、息を吐くように神聖滅矢を撃ち続ける。その速度、威力、精密性、どれもが以前とは段違いだ。
「あれ……全部が聖隷使ってる……俺も滅却師だからわかるんだ、間違いない」
「聖隷ってのは確か周囲の霊子を……オイオイ、あの空を飛び回ってるウサギ全部がか?二十匹は居るだろ。そんな簡単に作れんのか?」
「………そうか、四肢。アダムにもぎ取られて地面に落ちてた自分の身体を触媒にして、新しい器官を作ったんだわ。自分の新しい指のようなものを」
ネリエルの予想は正しい。先程からアダムにもぎ取られて地面に転がっていた四肢を基にして、ヴァニタスが自分の身体を作り替えたのだ。進化させたと言ってもいい。
つまり、自分という肉体の延長上に存在する、自身から分離させても問題なく稼働する肉体を造った。それが当然であるかのように身体を作り替えた。転がっていた四肢を使ったのは、一々新しいパーツを作るよりも既にある自分の身体を使った方がコストが軽いからだ。
今までは複雑な操作でわざわざ空中に神聖弓を作っていたが、身体が、依代があればそのようなことをする必要はない。今までよりも気楽に形成し、霊子の収束と射出に意識を割けるようになる。そして割いた結果があの聖隷だ。
「けど、それで俺の身体は傷つかねぇぞ!」
「知ってる。知ってるよ。だからこれだけじゃ終わらない」
蒼く光っていた兎たちがピタリと動きを止めたかと思えば、フルフルと震えるともに赤く光っていく。その霊圧は大気中から吸収した霊子の霊圧ではなく、観戦している彼らにとっても馴染み深いもの────自身から湧き出す虚の霊圧だ。
「破道の八十八、飛竜撃賊震天雷炮。王虚の閃光」
「嘘でしょう、霊力を自動で生成する機能もついているの……?」
飛竜撃賊震天雷炮。死神の扱う高レベルの破道が何本も兎たちから射出される。そうでない兎たちは、虚の霊圧を放つ攻撃……つまり虚閃を絶え間なく放つ。そのどちらも選ばなかった兎たちは相変わらず神聖滅矢を放つ。
紅と蒼。そして死神の鬼道。絶え間なく撃ち続けることができるのは、常に大気中から霊子を吸収しながら、内側でも絶えず霊圧を生成しているからだ。あれら一匹一匹が、魄睡と変わらない機能を持って生まれている。
何より怖いのは、その全てを制御しながらヴァニタスが苦悶の表情一つすら見せないこと。集中力すら込めずに使いこなせてしまっている。
「でも、これでも効かないよな?」
「おう!痛くも痒くもねぇとは言わないが痛いわけじゃねぇなぁ!」
「知ってる。だから特大のをくれてやるよ」
鋼皮に傷ひとつつかないその硬さ。その上こちらにズンズンと近づいてくる俊敏さ。触れれば大怪我は必至の高火力。なんて強い、そう、ただ本当に、単純に、なんて強い相手なのだろうか。
だからこそ、燃える。やれそうな確信はあるけれど、やれなかったことをやってやろうと思う。そこら中をたくさん飛んでいる「自分」を使って。彼らを自らの霊圧で焦がし尽くして。
「破道の九十六」
それは犠牲破道。焼き焦がした我が身のみを触媒として発動できる、死神の禁術。
「一刀火葬」
焔の刀が盛大に咲き乱れる。遠くから見るとまるで赤い大きな棘の玉のようにアダムを包んで、その焔は暴れ回った。
「終わった、のか?」
「いや、まだだ。アレぐらいで死ぬような奴じゃない。ヴァニタスも構えてる」
爆発を見ながら、ヴァニタスは手首を噛みちぎり血を垂れ流す。先程の体験で自分の分身の作り方を心得たのか、大量に滴り落ちる血液から十何匹もの兎を作り上げて見せていた。学習による生成工程の簡略化、操作難度の易化、それらが結果的にコストカットに繋がり、この手際の良さを見せる。
曰く、更木剣八は痣城剣八による数百にも渡る一刀火葬を食らっていながらも、死ぬことはなかったという。それどころか、戦いを継続したとも。ならば、なるほど。アダムがこの程度で、たかが数十本の一刀火葬で沈むのだろうか?
「さぁ、来い。本気で良いぞ。そのために、俺はお前の本能をギリッギリまで煽ってやった」
「……消し飛んでも、知らねぇぞッ……!!!」
しかしなお、アダム・ブレイン・シュガーは倒れない。それで消し飛ぶような存在ならば、浦原喜助に「イレギュラー」とは断定されない。彼の拳は大気を震わせ、彼の脚は地面を揺らし、彼の咆哮は天を轟かす。
世界を壊しうるナニカが霊圧を抑えきれずに振るった拳が、哀れな白兎を霊子も残さず消し飛ばさんと振り下ろされる。止まらない、止められない、かつて身につけた霊圧のコントロールが、あまりの高揚に抑えきれなくなっている。
「ありゃあ……不味い、ヴァニタスだけじゃねぇ。虚圏が割れるぞ!」
「っ、スターク!俺出るからね!とりあえず全力でアダムのパンチ止め───っ、ネリエル!?離して、このままだと虚圏が壊れちゃうしヴァニタスが死んじゃうんだって!!」
「……どうして、私たちはなんともないのかしら」
「ハァ!?なんともって……」
「さっきのヴァニタスの攻撃。アレも相当なはずよ。少なくとも、あの熱気だけでも私たちは感じてもおかしくなかった。なのになんで、私たちは“それすら”感じていなかったの?」
その疑問を口にすると同時に、先程まで周囲一帯を激しく揺らしていた振動がピタリと止まる。たまに空間がギシギシと軋むことはあっても、完全には揺れ動かない。まるで、何もなかったように。
「……俺の、拳が……」
「やっと、届いた。間に合った」
アダムのその巨大な拳は、まるで見えない何かに阻まれるように、ヴァニタスの目の前、あともう少しで顔に触れるというところで固まって動けなくなる。そう、それはまるで────
「返すよ」
「っ、う、ォォッッ……!」
見えない何かに引っ張られるように、アダムの巨体がヴァニタスから距離を離されていく。ヴァニタスの能力なのは確かだ。だがしかし、これは、もはや重力操作と言っていいのかもわからない。だってこれは明らかにその範疇を超えている。進化に進化を重ねる末に、その能力すらも進化したのだろうか。
だとしたら、これは───────
「追い付いてはいないけれど、スタートラインに立つぐらいはできたかな。うん、研究は順調だ。さぁ、まだやろう、アダム。どうせ、ひとつも疲れてないんだろう?」
「ああ。……なんならちょっと楽しくなってきた」
「オーケー、それぐらいがきっと良い。もっとぶつけよう、もっと戦おう、もっと強くなろう!お前を退屈させたりなんてしない、お前の力で壊れたりなんてしない、お前をずっと輝かせ続けてやろう!
だって俺も、お前が強くなるほどにお前をガッカリさせないぐらいに強くなるから!虚、滅却師、さらにその先!お前が行けるとこまで行くなら、俺もそこについて行く!」
力の流れを操作する。重力の奔流が二人の間に立ち込める。かの神域の戦いで藍染惣右介が見せつけた破道ととても良く似ているそれは、世の理の埒外にあるアダムから発せられる振動で砕かれていく。まだ、足りない。まだ、アダムを満足させるには足りない。まだ、一護の背中を追いかけるには足りない。だから………
「もっともっと、戦れるだろう、アダム!」