異界夜市

異界夜市


真昼だというのに建物の隙間から聞こえてきた祭囃子に足を止める。両腕に抱えた荷物を持ち直して路地を覗きこむ。ふわふわした光とざわめきが、闇の奥にぼんやりと浮かんでいるのが見えた。ぞわぞわと総毛立つ感覚と好奇心。後者が競り勝って、私はそちらに歩を進めた。

明かりは少し遠くにあったのに、気がつけば人混みの中に立っていた。人という表現は不適切かもしれない。闊歩しているのは、手から手が生えたようなモノやお面を被った闇、4メートルはありそうな大猿など、ありとあらゆる人外だから。彼らの隙間を縫って出店を冷やかす。提灯や虫かごの蛍、ほのかに輝く宝石、ランプに入った人魂。いろいろな商品の発光が映し出す夜市の風景は、恐ろしくも幻想的だ。

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理解できそうな、もしかしたら理解してはいけないのかもしれない言語が次々と通り抜けていく。カラッとおいしそうな揚げ物を頭部が枯れた花に置き変わった人間が売り歩いているのが見えたが、お腹が鳴りそうになるのをこらえて離れた。

夜市はますます深くなり、妖しげな雰囲気を醸し出す。店の風貌も先ほどの賑やかな印象からどこか胡散臭いものに変化している。店全体がヴェールで覆われていたり、ガラス瓶に入った様々な肝が並んでいたり。思わず足を止めたのは、いろいろなおもちゃを扱っている出店だった。

【いらっしゃい。あんたみたいに自分の意思でここまでやってくるのは珍しいね】

店主の声は聞けども姿が見えない。そういうモノなのだろうと納得してビー玉を手に取る。透かした向こう側は黒い。

【そのビー玉は本当の姿が見えるのさ。いまはフィルム貼ってるけどね。そっちのお手玉は中身が仏舎利でね、縁起がいい、ああお嬢さんにとっちゃ悪いのかな?この水鉄砲は水を入れても発射すると唐辛子水になる!あとは自分が小さくなっちまうチョロQに、人間を閉じこめられるメンコだろ、それから…お嬢さんにとってはこいつが一番気になるかね】

手に取った万華鏡を覗く。乱反射する視界。サンサンと真夏の日差しが降り注ぐビル群の中のスクランブル交差点を、たくさんの人々が横断している。ひと回し。雪が降しきるなか、堂々とそびえる三角錐型の鉄塔がライトアップされる。ひと回し。夕日が砂漠に鎮座する人面に獣の体の巨大な石像を照らす。ひと回し。エメラルドグリーンの海の中に、珊瑚礁がどこまでも広がっている。

【ここみたいな異界、なんてもんじゃない。異世界を覗ける万華鏡さ】

欲しい。もっと、見てみたい。知りたい。

なにを差し出せばいいのか。声を出そうとした瞬間、後ろから伸びてきた手で口を押さえられそのまま引き寄せられた。

「!」

《だーーーめ!!!やーっと見つけた!》

【おや、これはまた珍しい客だ】

《生憎私たちは客じゃないよ。彼女は連れて帰る》

【それは残念。ま、行きはよいよい帰りは怖い。気をつけていきな】

《言われなくても》

口を押さえている手とは別の手が腕を掴み、そのまま無理やり引き返される。ある程度歩いたところで、白い無地の面をした人間が振り返って小声でなにかを話しはじめた。

「縺セ縺」縺溘¥縺雁燕縺ッ縲√>縺セ縺御ス墓凾縺九o縺九▲縺ヲ縺?k縺ョ縺具シ?シ邂。逅?ココ讒倥→遘√′縺?↑縺代l縺ー縺ゥ縺?↑縺」縺ヲ縺?◆縺具シ縺昴?辟。隰?縺ェ螂ス螂?ソ?b縺?>蜉?貂帙↓縺励m?」

認知が反転して内容が聞き取れない。思っていたよりずっと深いところまで潜っていたらしい。ダンテも頭を抱えている。口があればため息をついていたことだろう。

《ファウスト、あのね。あれはたまたまあそこの店主が文字通りお人好しだったからで、ほんとは問答無用でバリムシャアされてもおかしくなかったからね?もし次があればちょっと歩いたらすぐ引き返すこと》

「逕倥d縺九@縺吶℃縺ァ縺咏ョ。逅?ココ讒假シ」

《でも彼女の好奇心を抑えこめる人いる?》

「縺舌≦縺」窶ヲ」

ダンテの言葉に素直にうなずいた。きっとあそこで取引に応じていれば、私は取り返しがつかないものを失っていただろう。そして、それを自覚することなく、あの万華鏡を大事に抱えて生きていったのだろう。

《とりあえず、早くここから出よう。二人とも手を離さないで》

右手に私の、左手にお面の人の手を繋ぎ、彼は歩き出す。夜市の様子はだんだん最初に見たときのようなお祭りの賑やかなそれに戻っていく。しかし、入っていったときよりも私たちは注目を集めているようだ。

【まざってる、混ざってる、交ざってる】

【珍しいね、あんなモノは。ヒトとも我々ともつかない】

【欲しいなあ、時計】

【ってか人間がいるじゃ〜ん、めっずらしい〜!】

【奥まで行って生きて帰ってきたの?五体満足で?】

【きれいだなあ、かいたいなあ】

【あ、ねえ、この子もにんげんさんだよ!】

「っぁ…!」

巨大な影の手がウーティスさんのお面をかすめ取る。褐色の手が慌ててそれを追いかけようとするが、すでに手が届かないほどの高さまで持ち去られていた。

【本当だ。白と黒の人間だ】

【二匹で売れば高くつくかな?】

【いーや、あの時計もセットがいい!】

【でもあっちは混ざりものだよ?】

【そう見えてるだけかもしれない。ちゃんと中身を調べないと】

【こら、あんまり言ってると怯えちゃう。あたしのお客にはヒトもいるのよ?】

【そりゃアンタの都合だろう、俺んとこは人を喰い物にしてるんだから捕まえなきゃ困る】

【おっ、喧嘩かあ〜?やっちまえ!】

【キャッキャッ!胴元呼んでくらぁ!】

背後でドッタンバッタン大騒ぎ。視線が逸れた隙に私たちは夢中で走り出す。景色が凄まじいスピードで過ぎていく。気がつくと、私たちは飲み屋の明かりが煌々と灯る大通りに飛び出していた。

「ぷはぁっ、はあ、はあ…!」

「ウーティスさん、もしや息を止めていたのですか?」

「だ、だれのせい、だと…!」

「それについては申し訳ありません」

「やはりっ、貴様にもリードが必要、のようだなっ…!」

《それやったら私が特殊性癖認定されちゃうからなしで》

言いながらかるくデコピンされる。あうっ。

《とにかく、ああいう場所は無闇に入らないようにね。私だっていつでも入れるわけじゃないし、無事に帰ってこられるかも場所次第なんだから》

「わかりました」

《ほんとにわかってる〜?》

「危険かどうかを見極めて楽しみなさいということですね」

《ファウスト??》

「冗談です。それはそれとしてファウストはあなたを信頼していますから、なにかあってもそれほど恐怖は感じないでしょうね」

《……もう、きみって囚人は…》

困ったように、あるいは照れたように額、文字盤の上部に手を当ててダンテがつぶやく。案外彼の心情はわかりやすい。

「それでは速やかに帰還しましょう。このまま食事の時間を逃しては明日の業務に支障が出ます」

《そうだね。じゃあ帰ろう、ファウスト。今度こそ寄り道なしで!》

「ええ、ダンテ」

出てきた路地を振り返ることなく、三人並んで歩きはじめる。メフィストフェレスはもうすぐそこだ。



「そういえばずいぶんと時間が経っていますね。流れ方が違うのでしょうか」

《たぶん…?だから自力で出てこれても私たちとっくに死んでたりしたかも》

「それは、困りますね」

「困るのなら最初からあんな行動をとるなと…ん?」

バスに乗車すると、すでに休憩をとっているはずの囚人たちがなぜか難しい顔をして勢揃いしている。ロージャにしがみついているのは。

「カロン、どうしましたか?」

見た目の年齢に反して幼い言動の運転手は、私の問いにゆっくりと顔を上げた。その目には涙の膜が張っている。

《え、カロン?》

「っ!」

ダンテを見るや否や彼にすがりついたカロンは、泣きそうな声を喉から絞り出した。

「助けて────ヴェルが、起きない」

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