異人たちの夏

異人たちの夏


娘を拾ったのは藍染にとって本当に偶然だった。五番隊として配置していたところに娘は『空から落ちて』きたのだ。

円閘扇を作り出し衝撃をある程度塞いだ娘は、雛森と同じか、それより少し若いくらいに見える。産まれてからそれ程の年月は経っていないのだろう。

朽木ルキア奪還の駒とはいえ、よくもここまで無防備な小娘が瀞霊廷まで来られたものだ。

内心驚きながら藍染は娘に近づいた。娘は霊圧で察したのだろう、藍染を、敵を見上げる。その面差しは、かつての隊長によく似ていた。

藍染が近づく事によって隊士達も皆身構える。

「そう警戒しないでくれ、旅禍」

「隊長羽織……隊長さんかァ…か弱い女1人にそない多くの斬魄刀向けんでもええんちゃう?止めてくれん?」

「それはこちらの言葉だね。君達は何故ここに?その答えによっては君を殺す事も厭わない」

「…………」

藍染は穏やかな口調のまま問いかけたつもりだったのだが、どうやらそれが逆に不信感を募らせてしまったらしい。娘の眉間にシワが寄る。益々似ている。あの人に。

「何れにせよ、身柄を拘束させて貰うよ」

「捕まえれるものならな。破道の五十四 廃炎!」

円形の炎が現れ、周囲を燃やそうとする。

「危ないッ!」

「え、詠唱破棄だって!?」

「だというのにこの威力……!この旅禍…!強い!!」

隊員達にも俄かに衝撃が走る。

詠唱破棄だというのにこの高火力の攻撃は流石に虚仮威しではないと悟り、藍染は僅かに目を細めた。

一方の娘は夜一の言葉を思い出していた。

『隊長格と出会ったら迷わず逃げろ。目的はルキアの奪還それのみ!』

(逃げる。コイツらの目を晒す。何が有効かを考えろ!)

「雷鳴の馬車 糸車の間隙 光もて此れを六に別つ 縛道の六十一 六杖光牢」

「ッ!」

考えていた矢先。高位の縛道を掛けられる。娘は決して油断をしていた訳ではない。相手が藍染惣右介だからだ。

「捕らえた…旅禍。これで君は逃げられない」

娘は黒縁眼鏡の下に隠れた藍染の目を見て、ゾクリとした感覚に襲われた。

(強い……これが死神、これが隊長…!)

「僕は五番隊隊長、藍染惣右介。君の名は?」

「……死人が名乗る必要は、ないと思わん?」

「墓標に刻む君の名は?」

「……石田花乃名」

「……いしだ、かのな、さん。では僕について来て貰おうか」

「嫌だと言ったら?」

「悪いけれど力尽くになるね」

「……っ……」

笑みを浮かべていた藍染だったが、娘が拒否の姿勢を取ると途端に冷淡な目つきに変わる。

その視線に晒されると恐怖で身体が固まってしまうような錯覚に陥った。

「仕方がないね。

鉄砂の壁 僧形の塔 灼鉄熒熒湛然として終に音無し 縛道の七十五・五柱鉄貫」

「───ッ!?」

封じられていた五体を更に鉄柱で封じられてしまう。

「に、二重詠唱だって!?!?」

「流石藍染隊長だ…!」

「く……ぁ……」

(痛い……苦しい……!!)

娘は全身に激痛が走り、まともに立っていられなくなる。しかし倒れる事は許されない。

「さあ連れて行こう…石田さん、大丈夫かい?」

「……」

手を差し伸べる藍染。

娘の瞳は決して藍染から逃れる事を諦めてはいない。

「まだ諦めないなんて凄いな……。それ程までに…。これ以上長引かせるのも可哀想だし、終わらせよう」

そう言うと藍染は娘に向かって両手をかざす。

「君臨者よ・血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 

蒼火の壁に双蓮を刻む 大火の淵を遠天にて待つ」

すると藍染の周りに無数の蒼い光が現れた。

「ッくそぉぉぉおお!!!」

「破道の七十三・双蓮蒼火墜」

その蒼い光は無数の炎となり、娘へ直撃する。

ズドォン!!という轟音と共に土煙が立ち込めた。

やがて視界が晴れていくとそこには血溜まりが出来ており、その中に娘が倒れている姿があった。

「…よし、連れて行こう」

「旅禍とはいえ…こ、ここまでする必要はあったんでしょうか、藍染隊長」

雛森が怯えている。

「ああしないと彼女は逃げていたかもしれない。それに、傷つけることはあれど殺すつもりはないよ。治療をして、彼女の目的を聞こう」

「……はい、藍染隊長」


「……」

娘の目が覚めるとそこは知らない場所だった。

自分は確か縛道をかけられ藍染惣右介に攻撃を受けた筈。何故傷口に包帯が巻かれ、服が新しくなっている?

「目が覚めましたか?」

「ッ!?誰や!」

「五番隊副隊長 雛森桃です」

「副隊長……」

「私も鬼道は得意ですけど、石田さんも凄いですね。どの地域で訓練を積まれたんですか?」

この状態では目の前の雛森にも勝てそうにない。死神に負けたのだ。ルキアの奪還など夢物語だ。だがここで捕まったままでいる訳にはいかない。

「……訓練というか、自衛の為。それよりアタシをどうするつもりなん?旅禍なんてその場で殺してしまわなアカンやろ。ご丁寧に服まで交換するなんて」

「藍染隊長のご意志です。あなた達は何が目的で瀞霊廷に来たんですか?」

「…………朽木ルキアの奪還」

「ッ!!どうして!?そんな……」

「アタシの友達。旅禍は大体そう。現世で仲良くなったルキアちゃんの友達」

「じゃあ、朽木さんを助ける為にこんな危険な事を……?」

「せや……そんだけ。もうエエやろ」

「それは出来ません……!……藍染隊長から石田さんが目覚めたら呼ぶように言われています」

「ほんならアンタを人質に取る」

「えっ?」

「破道のさ…」

「縛道の一 塞!!」

「っふぅぅ!」

「ふぁあっ!?ごめんなさい!…待っていてください!すぐ、すぐに戻ってきますからね」

雛森が駆けていく。

娘は考える。この隙に逃げよう。

幸いあの男の霊圧は近くに感じない。

(今のうちや。……逃げるしかあらへん)

「いや〜すまないね石田さん。手荒な真似をしてしまって」

「藍染…そうすけ……」

(さっきまで霊圧感じんかったのに…クソッこれが隊長か!)

「君は確かに強い。だけど僕と戦うにはまだまだ力が足りないようだ」

「……何が言いたいねん」

「聞いたよ。目的は朽木ルキアさんの救出だそうだね。共に向かった旅禍とは逸れている。それならば尚更君一人だと難しいんじゃないか?まずは力をつけるべきだ。君の傷が癒えるまでは僕が君を守ると誓うよ」

「死神なんて信用出来るかい、ボケ」

「まあ無理もない話かあ…これは取引だよ。僕の手助けをして欲しいんだ。代わりに僕は君を護る。悪い話ではないだろう?」

「……」

「僕は君に、決して死んで欲しくない。生きて欲しいと思ってる」

「? どういう意味や」

「いや、気にしないで…うーん、君は僕が慕った人によく似ているんだ」

「ハァ?」

「え、ええっ!?」

娘と雛森はほぼ同時に藍染の言葉に反応する。

「でも安心して。その人に特別な感情を抱いていた事は無い。

その人は強い人だった。いつも一人、前を向いていた。その背中に惚れていたのかもしれない。……なんて、昔話はこのくらいにしておこうか」

「……わかった。あんたは今は敵じゃないって事でええんかな」

「ああ、そう思ってくれて構わないよ」

「旅禍を庇ったなんてバレたらアンタだけじゃなく五番隊も只事じゃすまんの違うん?」

「君を庇っている訳ではないよ。朽木ルキアさんの件は僕も思う事があるし、少しだけ細工はしているからね」

「あともう一つ、アタシがあんたに協力するメリットは?」

「朽木ルキアさんと現世に帰る、でいいかな」

「…さよか。ヨロシク、藍染隊長」

「ああ、よろしく頼むよ。花乃名くん」

「…………は?」

「いや、名前で呼ぼうと思ってね。嫌かな?僕の事は惣右介と呼んでくれ」

「急に距離詰めてくる大人コッッワ。何やコイツ…石田がいいなァ、藍染隊長」

「じゃあ石田くんで……」

こうして平子真子の娘である旅禍は、藍染惣右介の協力を一時的に得ることとなった。


・VSアーロニーロのルキアのアレが藍染の力で娘ちゃんにぶつかった(手加減は…)

・娘ちゃんの名は偽名

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