異世界小旅行
『長いトンネルを抜けると雪国であった』なんて話があるけれど、私の目に映ったのは赤一色だった。
どこまでも広がる赤い空、まさに異世界って感じ。
パラレルワールドに行き来できる技術が開発されて早十数年。最初こそ色々と苦労があったみたいだけど、今では電車で気軽に旅行ができる様になった。
〈次はきさらぎ〜きさらぎ〜〉
目的の駅のアナウンスが流れると、一緒に来ていた夫が得意げに蘊蓄を語り始める。
「なぁ、しってるか? この駅の名前の元ネタって怪談話なんだぜ」
パンフレットの受け売りの情報なんて当然把握済みだ。
「ならコレは知ってる? この赤い空も昔はこっちに迷い込んだ人に怪談として語られてたんだってさ」
「へッ へぇ〜」
どうやら知らなかったらしい。
そんなくだらない会話をしていると、目的のきさらぎ駅にはあっという間に着いてしまった。
平日の昼過ぎという事もあって駅構内は閑散としていた。
私達は日本語のようで微妙に読めない文字を、アプリを使って翻訳しながらタクシー乗り場を目指す。
「お客さん、どこまでですか?」
文字の違いには四苦八苦したけれど、喋る言葉は前情報通りの日本語で安心する。
気の良さそうな運転手さんに目的地を伝え、目指すは今日の小旅行の一番の楽しみだったお昼ご飯だ。
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「メニューが読めないよ…」
異世界文字の壁は厚かった、どれが何の料理なのかさっぱりわからない。
「だったらお勧め頼んじゃえばいいんじゃない?」
「ナイスアイデア!」
そう思ったのも束の間、出てきたのは青いご飯に緑の切り身ののった海鮮丼?のようなものだった。
「スマン、コレは予想外……」
自分の提案で出てきてしまった物体Xに思わず謝る夫。
出てきた以上食べるしかない… 私は意を決してそれを口に運ぶ。
「………ッ‼︎」
美味しい。
予想に反した味のそれを夢中でかき込む。
そんな私に驚きの視線を向けてくる彼も、一度それを味わったら虜になったらしく二人して無言で食べ進めていく。
「美味しかったぁ〜」
「俺、これだったらまた食べにきたいわ」
「そうだね」
一時期はどうなる事かと思ったけれど嫌な思い出にならなくて本当によかった。
メインイベントも終わり、残すはお土産を買って帰るだけだ。
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再び長いトンネルを抜けると、見慣れた青い空が戻ってくる。
たまには変わった場所に行くのも悪くはないな。
「次は火星人の首都に宇宙旅行なんてどう?」
「俺の給料じゃちょっと厳しいけどそれもいいかもなぁ」
次の行き先は決まりみたいだ。
END