異なる世界

異なる世界

一二一



「くそ…くそっ!早く起きろよ…もういやだ…こんな夢覚めてくれ……」


光の届かない倉庫の奥。積み上げられた積荷に隠れるように、ローは膝を抱えて蹲っていた。無意識に跳んだ先が懐かしのポーラータング号の中なんて。こんな薄暗い倉庫でも、見慣れた懐かしい船である事には変わりがない。逃げようと思って跳んだのに、これではペンギンと対峙していた時と何も変わらない。もう夢から醒めようと、顔を殴る。鈍痛があるだけで変わらない。倉庫内で見つけたナイフで脇腹を刺してみる。痛みがあるだけで変わらない。何をしても今の現状は変わらなかった。夢だったなら、それで起きることができると思ったのに。ローはまだ薄暗い倉庫の中にいた。

ようやくこれは夢ではないのかもしれない、とローが思い始めたとき。この服を着させられた際のドフラミンゴとの会話を思い出した。


『ロー、パラレルワールドってのを信じるか?』

『……ぱられる?』

『もしもの世界ってやつだ。例えばそうだな…16年前お前が他の海賊団に入っていたら。お前がこの国に来なかったら。…もし、おれがお前らに負けていたら』

『……ッ!!』

『まぁ、おれが負ける世界なんざあり得ねェが……そういう世界があったとしたら行ってみたいか?』

『なん、の……はなしをしてる……?』

『フッフッフッ、実はこの間面白いモノを手に入れてな。行き先は選べないが別の世界へと旅行が出来るそうだ』


最近は閉じ込めてばかりだったから旅をさせてやろう、と楽しげに言われる。しかし、ドフラミンゴが一体何を言っているのかその時のローにはさっぱりわからなかった。いつもの“教育”という名の拷問のせいで、身体は既に限界を迎えていて。見慣れない服に着替えさせられた時も、されるがままだった程にローは疲れ切っていた。言っている事はわかるが、その場では理解が出来なかったのだ。

だが、一度眠って少しばかり冷静になれた頭でようやくドフラミンゴの言葉を噛み砕くことができた。


「ここが、もしもの世界…なのか……?」


いつもの訳がわからない気まぐれによる発言だと思っていた。でも、もしそれが真実だったとしたら?この場所は本当に違う世界で、異なる歴史を歩んだ世界だったとしたら?

さっき会話をした彼は違う世界の本物のペンギンで、この船はポーラータング号そのものという事になる。最近は使っていなかった見聞色の覇気で探ってみれば、失った仲間達の気配を感じた。信じられなかった。こんな人智を超えた力があんな小さな機械にあるなんて。

このまま船内にいれば、いずれはこの世界のクルーやなにより自分自身に見つかってしまう。だから今すぐにでも離れなければならない。頭ではそう思うのに、ローの身体は動かなかった。

あと少し、ほんの少しだけこの船に乗っていたい。本当に少しでいい。そうすれば、誰にも迷惑をかけずにこの船から消えるから。何処かで、束の間の自由を満喫して。またあの地獄の日々に帰るだけなのだから。だから、頼む。誰も来ないでくれ。

そんな小さな願いは叶えられなかった。


「───本当に、ここにいるらしいな」


倉庫の中に声が響いた。

ローはその声に聞き覚えがなかった。低い声の主は、誰かと連れ立って来ているらしかった。カツン、と靴の音がする。この音は、わかる。かつてローは毎日のように聞いていたのだから。

つまり声の主は───。


「キャ、キャプテン……いるって、何がです? おれ、妙に真剣な顔したペンギンに何も説明されぬまま連れて来られたせいでわけがわからないんすけど」

「ちょっと今は黙ってろシャチ」

「ひでェ!」

「暗いな……灯りをつけろ」

「アイアイ!」


懐かしい、やりとりが聞こえる。倉庫内に灯りがついて明るくなる。と同時に、足音が部屋中に散った。乱雑に置かれた荷物をかき分けるように、彼らは”何か“を探している。いや”何か“ではない。ローを探しているのだ、と瞬時に察した。足音がローの隠れている場所まで近付いてきているのを感じる。今すぐ逃げなげればいけないというのに、ローの身体は動いてはくれなかった。むしろガタガタと震えが止まらない。さっきまで被っていた帽子はペンギンに取られたまま置いてきてしまったから帽子で顔を隠すことも出来ない。抱え込んでいる膝に顔を伏せたローの目の前に、大きな影が落ちる。


「………キャプテン?」


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