生塩ノアは一線を引く
生塩ノアは悩んでいた。表面上は静かに正確に仕事をしていたが、内心は考え事でいっぱいだった。彼女の今の悩みは2つ。量産型アリスと早瀬ユウカの事だった
量産型アリス、ゲーム開発部のアリスちゃんにとって大切な存在であるケイちゃんの身体を作るために技術的ノウハウを蓄積する用にエンジニア部が作り出した存在だ。当時の会話がさっきまでのように覚えている
ウタハ『…そういう理由で量産型アリス販売を計画してるんだが、どうかな?』
ノア『確かにコストを考えると量産する方が利益は出ますね。ただ…』
ユウカ『うーん…、アリスちゃんに似た顔の子を大量に売るのは…』
ウタハ『何、希望があればパーツの変更が出来るようにするよ。それに…認めたくはないが今の私達が作り出せる物なんてプログラムされたAIで動くただの無人ロボットでしかないさ。君達だって、生きてるあの子との区別ぐらいつくだろう?』
ユウカ『…あーもう!わかったわ!承認します!…これもアリスちゃんをケイと会わせるために必要な事なのかもね…』
ノア『ユウカちゃん…』
ウタハ『ありがとう。ユウカ』
ユウカ『販売を許可するわ!それと1000体注文するわ!』
ノア『ユウカちゃん?』
ユウカ『あっいや、べ、別にやましい気持ちじゃないわよ!ただセミナーで様子を見てからでもいいんじゃないかな……なんて…』
そうやって販売された量産型アリス達、ただの消耗品のロボットだから…なんて甘い考えだった。彼女達の行動パターンはあまりにも『感情』を感じさせられた。そして、ヘイローの発現。彼女達をどう定義すればいいのかわからなくなる。もしも彼女達を人と定義するのなら、見てしまった光景が頭に浮かぶ。それは戦闘用として使われ廃棄されたアリス達。ボロボロの身体に何も映らぬ目がこちらを見ていて——
(落ち着きましょう。確かに見てしまった光景を忘れる事はできない。だけどその光景に無駄に意味を持たせる必要はない)
作業の手が止まっていた事に気付き、ノアは伸びをする。休憩の為にコーヒーを淹れに行く途中で2号とすれ違った。お互いに軽く会釈をして通り過ぎる
私は彼女達と仲がいいとは言えない。彼女達に対して一線を引いているからだ。向こうも何となくわかっているのだろう。…言い訳ではないが、これにはユウカちゃんが関係している
ユウカちゃんは優しくて責任感が強い。自分達が承認した事で招いた量産型アリス達の惨状を知ってアリス保護財団を立ち上げたくらいだ。だけど、ミレニアムやシャーレ、トリニティからも出資してもらっているが、アリス保護財団の財政状況は火の車だ。いつまで誤魔化せるかもわからない。せめて動力源であるバッテリー充電だけに絞ればまだやりくりできたかもしれない。でもユウカちゃんは「それじゃ、あの子達を捨てた人達と変わらない」そう言って無理をする。2号もそれをわかっているのだろう。7号を使ってお金を稼いでいる。だけど、それはあまりいい手ではない。量産型アリスの普及によって人手不足の解消に繋がった事により職を失った人達も大勢出て、彼らはアリス達の廃絶を訴えている。お金を稼ぐだけなら保護財団のアリス達を使えばいい。しかし、7号の活躍だけでも反感を持つ人がいるのだ。そんな事をすれば何が起きるか…
(野良アリスはこのまま増え続けるかもしれない。そして、ユウカちゃんはその子達も保護し続けようとする。そうなったら保護財団は…ユウカちゃんはやっていけない)
窓の外を見ると雨が降っている
(ユウカちゃんの負担が大きすぎる。…既にケイの身体は完成しており最初の目的は達成している。できるなら——)
雷が落ちた。窓にアリス達の残骸がこちらを見る光景が写る。ノアはそれを見ても何も思う事なく歩き続ける
見えた光景に無駄な意味を持たせる必要はないのだから