生まれてくる君のために
「雛人形?」
「そう、母ちゃんから電話きてさ、生まれる前に用意しとけって」
大きくなったお腹を撫でながら嫁が言う。
男で女の兄弟がいない自分には無縁だった行事の存在を、嫁の話で思い出す。
3月3日、桃の節句、ひな祭り。
嫁のお腹の中にいるのはウマ娘、病院で貰ったエコー写真には、可愛らしい小さなウマ耳と尻尾が写っていた。
俺と嫁の、初めての子供。
与えられるものは与えてやりたいのだが……。
「アレってけっこう値段が張るよなぁ、エースが持っているのをあげるのは?」
「雛人形ってのは子供の厄災を引き受けてくれる身代わりみたいなもんなんだ、あたしのお下がりをやるってのは、今日まであたしの厄を溜め込んだ人形を娘に押し付けるってことになるんだぞ」
「それは駄目だな…!」
「だろ?」
親が子供を不幸にするなんてこと絶対にあってはいけない。
例え財布に大打撃を与える物でも、それが子供を守ってくれる物なら、かすり傷だ。
「俺達の所に来てくれたこの娘が、ずぅっと幸せでいれるよう、立派なのをちゃんと用意しよう」
嫁のお腹を撫でると、内側から『ポコン』と小さな振動が伝わった。
「今動いた!?」
「『ありがとー』って言ってるのかもな!」
「よぉーし!とびっきり美人なお雛様見つけるからね!」
その後、俺と嫁の両親を交え、生まれてくる娘のために雛人形を購入する権利を得るための一悶着があることを、俺達はまだ知る由もなかった……。
終わり