生きている音

生きている音


なんだか久しぶりにゆったりと寛いだ気持ちでいるような気がする。そんなことを思いながら檜佐木は布団の上に腰を下ろして寝巻の上に重ねた羽織を脱いだ。衣紋掛けにそれを落として、再び布団に戻る。

触れた左胸の奥。そこにある心臓は確かに音を刻んでいた。胸、肩から脇腹にかけて、腹、そして首。身体のあちこちを撫でてもそこには何も無い。古傷はいくつか残っているだろうが、新しい傷口は殆ど無かった。

斬り落とされたはずだ。吹き飛ばされたはずだ。――百をゆうに超える死を、つい数時間前にこの身体は経験したはずだ。

檜佐木は少なくともその全てを覚えている。痛みを感じて朽ちていく感覚もあればそんなものを感じる暇もなく意識がもぎ取られた時もあった。死の感覚は眠りに似ている。永眠とは良く言ったものだと思うほど。

(あの人も、あいつも、こんな気持ちだったんだろうか)

蘇る度にそう思ったことを覚えている。死は恐ろしい。そして恐らく、そこから蘇ってしまうことも同じほどに恐ろしい。

「…………、」

今の自分は正しく生きているのか、歪な生に無理矢理しがみついているのか、檜佐木は自信が持てなくなっていた。

正しいはずだ。

――何度死んでも蘇る身体が?

ならば歪になってしまったのか。

――他者の手を経ずに今も生きているのに?

わからないまま、檜佐木は首筋に手を当てて暫くぼうっとしていた。

「………」

見上げた空に月はない。空を覆うくろぐろとした闇が不安を掻き立てるようで、檜佐木は恐る恐る枕だけを手に立ち上がった。


「……拳西さん」

縋るように名前を呼ぶと、入室を促す返事がかかる。そうっと障子を開くと、六車もすっかり寝支度を終えたところだった。

「どうした、修兵」

「いえ、その……あの、今日、ここで寝てもいいですか」

六車と眠るのは彼の療養中以来だ。その前は確か、藍染との決戦後。欠けてしまった何かを埋めたい時に身を寄せ合うのは、六車と檜佐木の間にある不文律のようなものだった。

おずおずと傍に寄ってお願いします、と言葉を継ごうとすれば、それよりも前に六車にどうした、と問いかけられる。

「……拳西さん。俺、生きてます、よね」

「……どうしてそんな事を聞く」

「なんだか、……生きた心地がしないんです、」

ここを斬られたはずなのに、生きているなんて思えなくて。無意識のうちに首筋へと伸びた腕を咎めるように掴み、六車は檜佐木を引き寄せた。痛いほどに抱き締められて瞠目する暇もなく、馬鹿野郎、と荒い声が鼓膜に届く。

「生きた心地がしなかったのは俺だ!どうしてお前が、あんな……ッ」

「拳西さん、」

「お前が死ぬところなんて見たくなかった」

「……死んで、ませんよ。生きてるでしょう、ほら、」

どく、どく、と力強く刻まれる六車の鼓動が肌を通して伝わってきていた。きっと六車も、檜佐木の鼓動を感じているはずだ。生の音は確かにここにあるはずなのに、どうして六車はこんなにも声と手を震わせているのだろう。

「……俺が戻ってきた時、お前もそう思ったのか?今生きてるから、俺が死んだことも忘れられたか?」

「そんな訳――!」

「それと同じだ!お前は確かに俺が見てる前で死んだ!……忘れられるわけがねえ。俺はお前が、あっちに引っ張られそうで怖い」

檜佐木は卍解を維持できるだけの霊圧が尽きぬ限り、何度でも生に引き戻される。けれどそれは逆に言えば、死に何度でも腕を引かれることでもあるのだ。六車はそれが恐ろしい。檜佐木があの、意識も何もかも引き摺り落とされて戻れなくなるような感覚を味わうことを容認できない。

「お前は……怖くないのか、修兵。死ぬのは、怖いだろ」

「………ッ、」

ひくりと檜佐木の喉が震えた。六車はかつて檜佐木がそうしてくれていたようにその身体を抱きしめて背を撫でる。恐怖を押し流すように、生を確かめるように。

そうすると檜佐木は幼い頃のように素直に言葉を口に出せると、六車は知っていた。

「怖い、ですよ。戻るってわかっていても、死ぬ時は怖い」

「そうだろ。……それでいいんだ。修兵、もっと寄れ」

触れ合った肌の奥で心臓の音がしている。

体温がじわじわと布越しに皮膚を伝わって混ざり合う。

大切な人が生きてそばに居ることが当たり前では無いことを二人は知っている。その大切な人が生きていることと、その人に生きていると教えられることの嬉しさも知っている。

だから六車は、この言葉を伝えるのだ。

「……修兵、大丈夫だ。お前は、生きてるよ」

「はい……っ、」

隙間など無いくらいに身を寄せて、生者の音を分け合うように抱き締める。

この子が死を目の当たりにすることが、二度とないように。

そう願いながら、六車は眠りを促すように檜佐木の頭を撫で続けていた。

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