現地の協力者①
虚圏
虚圏で遭遇した破面の一団はとても協力的だった。彼らの連れていた生物の頭上に乗り、虚夜宮を目指して砂漠を移動する。
中でも幼児の姿をした個体は特に警戒心が薄いようで、私の膝の上に座った。
私が滅却師である事に気付いていない、或いは、気付いた上で滅却師は遠距離攻撃が主だと油断しているのだろうか。
「オマエどこ座ってんだよ……言っとくがな、カワキはオマエが思ってる以上に気ィ短いぞ……」
「ネルはここがいいんス! カワキはさっきもネルを助けてくれたじゃないスか!」
『……私は構わないよ。種族が何であれ、同じ道を往く内は私達は仲間だ』
「えへへ」
都合が良い展開に笑みがこぼれた。
腹の内に抱えたものがあろうと、それはこちらも同じこと。道が重なる間はお互いに利用し合う――それが“仲間”だ。
無邪気に笑う破面は現世で見かける子供と同じに見えて、武器など使わなくても、この手でいつでも殺せる相手だと思えた。
「……しっかしなァ〜〜〜オマエらホントに破面か?」
「何を言うスか! 見えねっスか、このリッパに割れた仮面!」
「何つーか……現世に来た連中と全然フンイキが違うんだよな……」
破面が頭の仮面に手をやって答えた。
だけど一護の言う通り、あのウルキオラを含めた十刃は除くとして、その部下達と比較しても目の前の個体は遥かに弱い。
その疑問は続く言葉に解消された。
「あー! そりゃそーっスよ! 現世に行ったのは“数字持ち”のヒト達っスもん!」
「ヌメ……? 何だそりゃ?」
これだけ弱くては大した情報は持っていないだろうと思っていたが、そうではないらしい。
“数字持ち”(ヌメロス)という単語は、初めて聞いた。
シャウロンといったか……あの個体の話では十刃を除いて破面は製造順に11以降の番号が付くと聞いたが――
『それは初耳だ。聞かせてくれるかな』
「いいスよ!」
破面は膝から降りると、意気揚々と質問に答えた。敵にあっさり情報を渡すとは、拍子抜けだ。
「“数字持ち”ってのは大虚以上で破面化したヒトたつのことっス! 2ケタの数字を名乗れて十刃のヒトたつに直接支配してもらえるっス!」
大虚未満の個体の破面化、恐らくは本命の破面を製造する前に適当な虚で破面化を試したんだろう。それにしても――
⦅破面は強者による直接支配がステータスになるのか……? だとすれば――……⦆
――これは虚圏侵攻で使える情報だ。
「見えざる帝国」が圧倒的な強者であることを侵攻によって証明し、麾下に加わるよう呼び掛ければ、幾人かは寝返る可能性がある。
小さな破面は、こちらの思惑に気付いた様子は無く、私達に背を向けてぐっと拳を握り締めた。
「まさに戦いのエクスパート! ネルたつみたいなゴミ虫とは天と地っス」
「ゴミ虫……」
隣で話を聞いていた一護が破面を憐れむような表情で呟いた。
虚圏についての情報(ダーテン)はまだ少ない。破面の階級や習性についての情報が得られたことは僥倖だった。
『……そうか。情報提供に感謝を』
感謝の言葉に破面が笑顔で振り返る。
そして、ふと疑問に思ったようで破面は一護を指差して笑った。
「つーかそんなコト言ったらあんたたつの方がよっぽど破面っぽくないじゃねっスか!」
友を揶揄うような調子で言葉を続ける。
「面はねーし黒いキモノ着てなんつーか死……」
弾むように言葉を紡いでいた破面の顔色が青褪めていき、遂には笑顔で固まった。
一護に向けた小さな人差し指がブルブルと震える。
引き攣った声は聖兵や一部の団員達が私と話す時にたまに見せる様子に似ていた。
「あっ……あんたらのソノ……ご職業は……?」
破面の問いに一同は口々に答える。
「黒崎一護、死神代行!」
「“滅却師”、石田雨竜」
『志島カワキ。同じく“滅却師”』
「茶渡泰虎……人間だ」
破面達は大口を開けて、この世の終わりのような絶望の表情でこちらを見遣った。
涙目の破面が頭を抱えて絶叫した。
「あああああ死神だァ〜〜〜〜!! ワルモノだァ〜〜〜!!」
『正しい反応だ。君達からすれば、私達はおぞましい存在だろう。否定はしないよ』
「オマエ……俺達が誰かわかってなかったのか……」
魂葬の為に虚を斬る死神も、生存の為に虚を滅却する滅却師も、彼らには等しく敵でしかない筈だ。
正体に気付かず親しんでいたなら、今頃は背筋を悪寒が走っていることだろう。
破面の声が砂漠に木霊した。
「おかスーと思ったんだァ!! フツーの破面は“虚夜宮”に行きてえなんて言わねえもの!」
『へえ、そういうものなのか……』
――ということは、破面の拠点は虚夜宮以外にも複数あるんだな。
脳内で情報を更新した。虚圏侵攻の際は拠点を一つずつ潰していかなくては、反抗勢力が潜伏する先になる。
彼らには興味が持てないが、彼らの持つ情報は有用だ。大した戦力ではないのだから、暫く生かしておいても良いと思えた。
「こーろーさーれーるー!!」
『それは君達の態度次第かな。妙な真似をすると寿命が短くなるよ』
「イヤ、脅すなよ……別に殺しゃしねえよ……」
滅却十字をちらちらと揺らして見せると一護が口を挟んだ。
子供の姿をした相手は斬れないか……。本当に甘い男だ。世話が焼ける。私が滅却するより魂葬してやる方が良いだろうに。
その言葉は口に出さず、溜息に留めた。
――次の瞬間のことだった。
「死神なんぞに殺されずとも……」
声の主を探すと、砂が擦れるような音を出しながら形を成していくのが見えた。
砂は見る間に白い巨人のような姿に変化して、宣戦布告と名乗りを上げる。
「このわしがぬしらをねじり殺してくれる!! この白砂の番人ルヌガンガがな!!」
***
カワキ…優しさの発露がトドメを刺す方向にしか発揮されない女。珍しく笑顔でいる時はたいてい碌なことを考えていない。
一護…カワキが不良と喧嘩してボッコボコにするくらい容赦無い奴だと知っているし(※チャド情報)子どもとは言え、破面が膝に乗るのは危ないのでは……とヒヤヒヤしている。