王と従者
アラバスタ国民古今東西、一国の王とは決して安楽なものではない。むしろ多忙なものである。朝目覚めてから夜眠るまで礼節に則した行動・言動、日々の業務に追われ、己一人で気ままに過ごす時間など数えるほどしかない。それは、王に付随する従者においても同様である。そんな王と従者の一日が、今日も終わろうとしていた。
「本日も護衛の任務誠に大義である。明日もつつがなく、日々の業務に励んでくれたまえ」
「「「ははっ!!」」」
「あいや、そこの君、少し残ってはもらえないか?」
「?」
時のアラバスタ国王、ネフェルタリ・コブラは一人の兵を呼びとめる。王とその男はある特別な関係であった。
「いかがなされましたか?国王様?」
「いや何、随分と板についてきたと思ってな。ルフィ君」
「……そうかな。ちくわのオッサ….イガラム隊長に毎日扱かれたからかもしれねぇな」
ルフィとはかつて世間を賑わせた億越えの賞金首、モンキー・D・ルフィその人である。コブラにとってはかつて国民と娘と自身の命を救ってくれた恩人であり、現在は部下にして義理の息子のような存在となっていた。
「本当は私などよりビビの側にいたかっただろうが、一兵士をそう贔屓にはできんのでな…申し訳ない」
「顔を上げてくれよ。処刑されて当然の立場だったおれを、兵士として取り立ててくれた上にビビ達を守る時間もくれて、本当に感謝してるんだ!この恩は、一生忘れねぇ」
コブラの娘であるビビは、かつてルフィと共に海を渡り、仲間として信頼し合い、国を窮地に追いやった仇敵を打ち倒し、そして……男女の仲となった。
想い合っていたものの二人は一国の王女と海賊、互いの立場の違いから一時は別れ、その後紆余曲折あって再会したのだが、その頃にはルフィは全ての仲間と実の兄を目の前で失っており、ビビは愛する男の子供を宿していた。
相手が恩人とはいえ嫁入り前の娘に手を出された父の心境はいかばかりであっただろう。世間の倫理としては処刑一択であっただろうが、彼の命を賭した涙ながらの訴えにより、一年の間兵士としての義務を全うすることを条件として、その命を拾うことにしたのである。
「とはいえ、この一年を全うすれば君は彼らを探しに行くのだろう?このままこの国で骨を埋めるのもやぶさかではないとは思うが、それは野暮というものか」
「ああ。王様にもこの国の皆にも世話になったけど、海賊王って夢は何があっても曲げられねぇ。ビビともそう約束したしな……。
だからおれがいられないぶん、ビビと子供のこと、どうかよろしくお願いします!」
「はは…もちろんそのつもりだとも。君もどうか、死に急ぐような真似はしないでくれよ?ビビと、これから会う孫のためにもな…」
本来厳格な関係である王と従者。しかしこの一時の間だけは、婿に期待をよせる義父の姿があった。