獅子と鬼
「誰に負けた」
海底の監獄、インペルダウン。下に行くほどに凶悪な犯罪者が収監されているその監獄は公式上LEVEL5が最下層とされている。だが実際にはその下、『無限地獄』と評されるLEVEL6が存在していた。
そこにはあまりの危険度故に存在が抹消された囚人たちが収監されており、その影響力から存在を秘匿されている。
無限の退屈を与えるとされているその場所は嫌に静かな場所だ。そこへ響いたのが先程の問いかけである。
「誰かと思えば、随分久し振りに見る顔じゃねェか」
問いに応じたのは、まるで獅子のような金色の髪を持つ男──“金獅子”の異名を持つ大海賊、シキであった。世界中を震撼させたマリンフォードにおける大戦争を引き起こした大犯罪者であり、“新時代の英雄”によって討たれた男である。
「名前を聞かねェと思ってたが、こんなところにいたとはな」
まるで揶揄うように言うシキ。彼の情報収集能力であれば声の主がここにいることなど知っているはずである。それをわざわざこのような言い方をする辺り、相手との関係が窺える。
「…………」
無言のまま、問いの主がシキを睨みつける。“鬼の跡目”とまで呼ばれたその男の眼光はそれだけで人を殺せるのではないかというくらいに鋭いのだが、シキは気にした様子はない。
数秒の沈黙。無限地獄の偽りなく、時間が緩やかに流れているように感じるこの場所においてそれはまるで久遠のように感じられた。
「おめェの知らねェ奴らさ」
呟くようなその一言には、多くの感情が込められていた。とても説明し切れないほどの様々な感情。黙って聞いていた周囲の罪人たちでさえ、僅かに息を呑む。
大海賊“金獅子”の名は広く知られている。この中には直接相対し、殺し合った経験がある者も数多い。シキは間違いなくあの“海賊王”の時代において最上位に君臨した男なのだ。
その男がここまでの感情を乗せる相手。それだけで意味を持つ。
「強ェようだな」
問いの主もまた、シキの言葉を受けて興味を抱いたらしい。そんな彼の姿を見てシキが小さく笑う。
「相変わらずのようだな。だが、顔馴染みとして忠告しておいてやる」
一つの時代。あの時代の頂点で殺し合い、競い合った者たち。そこにもまた、言葉では表し切れないものがある。
「──おめェじゃ勝てねェ」
直後、絶大な殺意が周囲を揺らした。その殺意に反応し、周囲の檻からもいくつもの怒号が響き渡る。
それは俗に“覇王色の覇気”と呼ばれるもの。選ばれし者のみが持つ才覚。
「ジハハハハ! おれにそんなもんを向けてどうする!」
シキが笑う。彼もまた“覇王”の資質を持つ男。こんなものはそよ風だ。
あの時代においては挨拶のようなものだった。懐かしさすら感じるシキに対し、鬼が問う。
「名は」
また、数秒の沈黙。そして。
「ルフィとウタ」
その獅子は、誇るように名を告げた。
己を討ち倒した、あの若き英雄たちの名を。
「バレット」
獅子が鬼の名を呼んだ。それが“鬼の跡目”と呼ばれた男の名である。
「おれに勝ったのはあいつらと──ロジャーだけだ」
故に彼は“海賊王”には至れなかった。頂点に立つことができなかったのである。
ゴールド・ロジャー。“海賊王”。時代そのものを変えた男。
その名が持つ意味はあまりにも大きい。この監獄に収監される者にとって──否、世界中の人間にとって決して無視のできない名前だ。
そしてそれは“鬼の跡目”も例外ではない。
「そうか」
かつて“海賊王”の船に乗り、彼に挑み続けたその男にとってその名はあまりにも大きな意味を持つ。
「忠告はしたぜ、バレット」
届くはずがないことを知っていて、シキはそう言葉を紡ぐ。
会話はそこで終わった。だが、一人の男の胸中に火が灯る。
それがきっと、後に起こる大事件の始まりだった。