頼まれ事

頼まれ事


月明かりの照らす夜の鬼ヶ島。

相変わらずページワンは釣具片手に

佇んでいた。

騒がしい大男は今日は居ない。

-散々だったな。

あの夜、仲裁に入ったカイドウに

掛けられた言葉を思い出す。

-その辺にしておけ馬鹿野郎共!

大喧嘩している2人の間に入り

得意の金棒を振るうカイドウ。

その後暫くの間、

それぞれの管轄エリアからの

外出禁止を言い渡した。

-大看板2人の喧嘩を止められるのは

あの人位だろう…。

ページワンは振り返る。

余りにも2人が激しく暴れたので

島の地形が変わり

例の大物イカのポイントは

吹き飛んでしまった。

クイーンは今は居ない。

彼は別の人物を海岸で待っていた。

「待たせたな」

後ろから声を掛けられる。

視線を向けると、クイーン以上の大男。

マスクと牙、そしておさげが特徴的な

大看板 ジャックだった。

「今晩は、ジャックさん」

おう、と短く返事をし

彼の前へ歩を進める。

「クイーンさんから聞きました。

今日はよろしくお願いします」

「悪いなぺーたん…

暫く釣りには行けねえ…」

前日の夜。

ページワンは自室で

クイーンとタニシを用いて

通話していた。

「済まなかったな…」

消沈して詫びるその声には

いつもの陽気さは消え失せていた。

そして

覇気が籠っておらず

カイドウからの罰が

余程堪えているのが伺える。

「お前にも迷惑掛けちまった」

「いや、大丈夫ですよ」

実際は大丈夫では無い。

あの日のページワンの

肝は冷えっぱなしだった。

「詫びと言っちゃなんだが…特性のルアーを作った」

おお、と声を漏らすページワン。

「かなりの自信作だぜ。

…こいつをお前の部屋に届けさせる。

ヒラメでも釣ってきてくれ」

自分のルアーも持ち合わせてはいるが

そろそろ替え時、と思っていたので

この言葉は嬉しかった。

「ありがとうございます…!」

思わぬ贈り物に感嘆の声が出る。

「そのついで何だがよ…」

雲行きが怪しくなる。

しかし、そう難しい問題では無かった。

「ジャックの奴を連れて行って

やってくれねえか?」

「まあ、よろしく」

と短く挨拶するジャック。

その手にはクイーンの持ち物の釣竿と

ルアーが握られていた。

-俺が連れていくはずだったんだが…

ページワンはクイーンの言葉を思い出す。

「知っての通りこのザマさ…

ヒラメ釣りの約束をしていてな…

放って置いても良かったが約束は約束だ。

悪いがジャックに教えてやってくれねえか?」

ページワンは軽く間を置いた後

了承の返事をする。

…どうしても彼もヒラメが欲しかったのだ。


目星をつけたヒラメ釣りポイントへ

2人は歩く。

「ヒラメ釣りはした事ありますか?」

「…あればお前に教えを乞う必要は

ないだろう?」

穏やかに聞いたはずのページワンだが

威圧感のある返事に戸惑う。

自分より上の人間達は彼からすれば

クイーンは置いておくとして

ある程度の粗相は許すカイドウや

基本的に冷静なキングの方が

まだ話しやすかった。

「それもそうですよね…」

と冷や汗を流す。

「クイーンの兄御や

キングの兄御からお前の評判は聞いた。

釣りが達者らしいな。」

高圧的な態度を崩さず言うジャックに

ええ、まあ等曖昧な返事をしてしまう

ページワン。

「釣りの歴は長いです」

そう付け足しポイントへ急いだ。


崖の切り立つ離れの海岸。

海路よりも徒歩で行く方が

わかりやすい場所。

今日のポイントはそこだった。

「日が昇る位の時間が狙い目です」

ページワンは慎重に釣竿をセットし

ジャックに手渡した。

無言で受け取るも怪訝な表情を

浮かべている。

「…どうしました?」

恐る恐る尋ねるページワン。

何か釣糸でも絡めてしまったか…

「…お前、いつの間に自分の釣竿を

仕掛けたんだ?」

漸くジャックはページワンを

見ていないと気が付く。

視線を向けると確かに

見覚えのない釣竿があった。

「…俺のさ」

頭上で声がする。

思わず見上げると

樹上に大型の化け猫。

いや虎だ。

「日が昇るまで寝るつもりだったんだがな…」

そう言うとページワン達の前に

降りてくる。

能力でサーベルタイガーとなっていた

飛び六胞 フーズ・フーだった。

人間に戻りながら2人に抗議する。

「俺のお気に入りの場所で何してんだ?」

「…釣りだ。悪いのか?」

と睨むジャック。

…空気が悪くなる。

-この前のような揉め事は勘弁だ。

ページワンは動き出した。

「今日はジャックさんと

ヒラメ釣りなんですよ」

口を挟む余地を与えず彼は続ける。

「ヒラメ釣りに適した場所を、と思い

俺が連れてきました。

フーズ・フー…さんもですか?」

しばしの沈黙の後

フーズ・フーは答える。

「…まあ、そんな所だ。

ここでのヒラメ釣りは初めてだがな…」

「別のポイントがあったんですか?」

「…今はもう無ェ。

あの辺だったんだがな。

どっかのバカ共が暴れて壊れちまった」

指さす方向は先日

キングとクイーンが暴れた付近だった。

「どっかのバカ共っての誰の事だ?」

凄むジャックにページワンは

あえて大袈裟に聞く。

「ここなら釣れそうですよ!

フーズ・フーさんはヒラメ釣りは

得意なんですか?魚好きとか?」

ジャックに一瞥する

フーズ・フーだったがすぐに

首を横に振る。

「どちらかと言えば蟹の方が好みだ。

魚は…部下が好きでな」

彼のフロア。

ネコ科フェ。その仲間たちの為かと

察する。 

再び何かを言いかけたジャックを遮り

ページワンはまたも口を開く。

「釣りは自信あるんで一緒に釣りませんか?」

一か八かの賭けだった。

相手を怒らせるかどうか分からない。

しかし、ここで縄張り争いするのも

面白く無かったのが本音だ。

「…たまにはクソガキに教わるのも

悪くは無いな」

賭けには勝った。


日が昇り始めた鬼ヶ島。

その海岸で居座る男3人。

傍から見ると妙なメンバーだった。

会議や戦闘ならともかく

こうした集いで顔を合わせる事は無い

3人だ。

「………釣れたか?」

フーズ・フーが誰にともなく尋ねる。

釣れねえな、とジャック。

「難しいんですよ。」

ページワンが付け加える。

「間違いなくヒラメはいるんで

待ちましょう」

「…………」

沈黙が訪れる。

元々余り親しいメンバーでは無い。

こうなる事は分かっていた。

何分たったか口を開いたのは

ジャックだった。

「フーズ・フー。お前に慈愛の心があるとはな」

やや小馬鹿にしたような口調に

フーズ・フーは答える。

「そんなんじゃ無ェよ。前に

俺が部下に蟹を貰ったんでな。その返しだ」

「ふん、仲良しだな」

「…そうでもねェさ」

声を小さくフーズ・フーは答えた。

「お前はどうなんだ?ジャック?」

「…クイーンの兄御だよ」

ああ、とだけ返すフーズ・フー。

「ページワンは…趣味だろう?

あんな張り紙もあるもんな」

-趣味ではある。

しかし今日は事情が違う。

「いや俺は…」

なんと言おうと迷っていると

プルプルとどこからか音がする。

「…タニシか?」

「俺のだ。」

ジャックが立ち上がる。

「…済まないがここを空けるぞ」

それだけ言うとタニシ片手に

走り出してしまった。

「…ああそうだページワン。お前は…」

フーズ・フーが同じ質問をするも

またもプルプルと言う音に遮られる。

「…!」

今度はページワンのタニシだ。

「すみません、空けます!」

慌ただしく立ち上がり走り去って行った。

「…?なんだよ、どいつもこいつも」

変身し猫耳を立てるフーズ・フー。


-まだ釣れねえのか!?俺のこの

ヒラメへの思いをどうしてくれる!?

すみませんクイーンの兄御…

すぐに釣って帰るんで…


-ぺーたん!?まだ釣れないで

ありんすか!?早くヒラメ食べたいで

ありんす!

悪い姉貴…もう少し待ってくれ…


人間に戻る。

深い溜息をつきながら

ポツリと呟いた。

「…お前らも苦労してるな」

呟きはさざ波に消える。

フーズ・フー1人釣竿を持ち彼らを待ち続けた。


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