猟師SS

猟師SS



雨が降りそうだ。

山奥でひとり、夜の焚き火を絶やさないための薪を集めながら、静かに空を仰いだ。

常人であればわからないだろうが、長くこの山で生きてきた我牙丸にならわかる。おそらく今夜は大雨だ。

拾った薪も無駄になるだろう。夜の焚き火を諦めて、雨を凌げる場所に移動を開始する。いくら熊の毛皮を着ていても、雨に降られてはひとたまりもない。


着いたのは、いくつかベースとしている場所のひとつ。岩でできた洞穴は決して雨風が入り込むことを許さず、ここで眠ったとしても体調を崩す心配はない。見通しが良すぎるのが難点ではあるが、この近辺にいる動物達は我牙丸に危害を加えることは絶対にない。何も、問題はない。


無いはずだった。


(…足音がする?動物…いや靴の音、この歩幅…)

優れた聴覚が拾った足音は、聴き慣れた人間のものだ。それが誰かを認識した時、僅かに我牙丸は顔を歪めた。

(逃げるか?いや間に合わない、真っ直ぐこっちに…これはバレてるな、行くしかない)

万が一のことが無いように。着込んだ熊の剥製の頭部分を脱ぎ、銀色と黒の髪を靡かせた。呼吸を整え、意を決して洞窟の外に身を乗り出す。


脳天に猟銃を突きつけられた。


ゼロ距離で額に押し付けられた銃口。何も知らない人間であればおそらく、何が起きたかもわからないまま銃声とともにあの世行きだっただろう。


「邪魔だ。降ろせ」

「おいおい!久しぶりに会った父親に向かってそりゃないだろう!いやー久しぶりだな、元気そうで何よりだ」

「降ろせ、あと父親ヅラやめろ。何回言ったらわかるんだ」

「へいへい、あーあ息子が冷たいですよーっと」


ようやく突きつけた銃を降ろす男。それを見る我牙丸の目は、およそ青い監獄にいる時とは比べ物にならないくらい冷たく暗い。こんな目を見られてしまったら、きっとチームのメンバーからは嫌われてしまうだろう。


「何で来た」

嫌悪感を隠しもせずに問いかける。男はやれやれと首を振りながら、貼り付けたような笑顔を見せた。

「なーんかブルーロックのお偉いさんからよー、吟が休暇もらったって聞いんだよなあ。んだから山に帰って来てるだろうなって。会いに来てやったんだよ!俺マジで優しい父親!ハハ!」

「頼んでない。帰れ」


余計なことしやがって。こいつに無駄な情報を伝えた関係者に対して心の中で悪態をつく。俺が聞きたかったことは、もういなくなってしまった友人のことについては、何も教えてくれなかったくせに。一番嫌なことだけはしてきやがった。大人の事情かなんだか知らないが、本当に腹立たしい。


「お前が帰ってくるところなんてここしかないだろ?人間がたーくさんいる生活はどうだったよ?しんどかっただろ?もしかして殺したくてたまらなくなったりした?」

俺の苛立ちなどどこ吹く風と言わんばかりにペラペラと話し続ける。どうせ大した内容もない薄っぺらいものだ。いつも通り適当に聞き流して、あしらって、それで終わり。


「なあ、吟も理解しただろ?人間なんかゴミばっかりだ。周りの人間みーんなゴミゴミゴミ!お前のチームメイトだっておんなじだろう?全くどこにいたって人間なんてもんは…」

「取り消せ」


気分良く語っていた男が一瞬固まる。言葉を遮った我牙丸は自分でも出した言葉に驚いていたが、ここで止めるわけにはいかない。


「あいつらはそんなんじゃない。ゴミでも何でもない。俺はあいつらを尊敬してるし感謝もしてる。何も知らないお前が、俺の仲間をバカにするな」


出て来た言葉は紛れもなく本心だ。それは我牙丸の目を見ればわかった。さっきまでの暗く沈んだ色ではない。大切なものを侮辱された怒り、信じたいものを見つけたという希望、男の言葉を否定しなければならないという強い決意。


その瞳に、光を見た。


「嘘だろお前。まさかまだ続けるつもりか?」

「当たり前だ。まだ何も始まってない」


ガックリと肩を落とした男の意図はわからない。わかりたいとも思わない。


「なんだよー、せっかく人間に絶望して帰ってくると思ってたのによー…マジ余計なことしてくれたわ最悪ムカつく腹立つわ」

「言っとくけど仲間と関係者に手を出したらマジで殺すぞ」

「しねーよぉ…ぶっ殺したいけど我慢してやるって…俺はお前のことだけは愛してるからな、嫌われるのは勘弁だ」


男は大きなため息のあとで、話は終わったとくるりと背を向けてとぼとぼと来た道を歩き出す。いつもであればもっと会話を望んでくるのに、嫌に聞き分けがいい。

気味が悪いと思いつつも、解放された安堵で静かに息を吐く。まもなく降り出すであろう雨に備えて、我牙丸は行動を開始した。



暗い部屋の中で、何度目になるかもわからない録画を再生する。

思えば試合なんかまともに観るのも初めてだ。人間がたくさん蠢いて気持ちが悪い。ルールなんか当然知らない。興味もない。ただ大きなゴールの前に立ちはだかる息子を、この世で唯一生きていてほしいと思える存在を見つめているだけ。


「こんなことなら、拾った時に殺しときゃよかった」


出来もしない呪詛を吐きながら、男は猟銃を抱えて液晶画面を眺め続ける。眩しい光に、時折目を細めながら。



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