独占欲
Your nameアクア『もうこの気持ちを抑えられないんだ!お前のことが…どうしようよなく好きなんだ…俺と付き合ってくれないか!』
夕暮れの屋上、僅かに吹き抜ける風が彼らの髪を揺らしていた。その空間を邪魔する人はその場所にはいなかった。一人の男が美しい女性に思いを告げていた。気に入らない。深く思考をしたのち覚悟を決めたように、彼に答えた。
フリル『私もずっと昔から…君のことが好きだったよ。こっち来て?』
ゆっくりと近づていく彼、その姿は不安と安堵が入り混じった幼い子供のような足取りだった。
フリル『あんな熱烈な告白されちゃったら私だって貴方に応えたいよ。』
ほんの少し赤面する彼女は彼に近づいて一呼吸も置かぬまま彼の唇に軽く触れた。どうしようもない不快感を内に秘めたままその光景を見続ける。
アクア『なっ!?』
真っ赤に染まる彼の顔。照れ笑いしながら彼女は
フリル『これからもよろしくね!』
そう言ってドラマのエンドロールが流れ始めた。
アクア「そんなに怖い顔するなら見るなよあかね。」
場の空気に耐えかねて私の彼氏、アクア君がなだめるように、気まずそうに言う。
あかね「いやー私の彼氏が月9の主演に選ばれたんだから観るのは当たり前でしょ。さすがだねーあんな女性を虜にするような演技もできるんだ。知らなかったなー。」
穏やかな口調とは裏腹に隠すこともできない嫌味を口にしながら自分の心の醜さに嫌気を覚える。それをわかっていながらも毒を吐くことを抑えることができない自分が情けない。
アクア「俺も断れば良かったけどさオファーされた時はまだどう言う話か知らなかったし、ミヤコさんやルビーにも月9の主演の話した手前断りづらかったし、それにあくまで仕事だろ?」
あかね「そうだねー、お仕事だもんねー演者さんとキスの一つや二つ出来なきゃ現場が困っちゃうしね。フリルちゃんなんて可愛いし断る方が失礼だもんね。」
アクア「…」
大きめのリビングに響くのは時計の秒針の音だった。
数年前から二人で暮らし始めた1LDKのマンションの一部屋、彼を縛るあらゆるものから解放されてようやく自由になれたアクア君と正式にまたお付き合いしている。以前よりも明るく、前向きに今を生きられるようになったアクア君は大学にも通いながらドラマや演劇、バラエティーと多くのジャンルにも引っ張りだこだった。交際している私としては彼の躍進に誇らしく思っていたが今回の件は苦虫を潰したようなドス黒い感情に包まれてしまった。
演技を生業としているなら多少の割り切りだって必要だし、健全な倫理観だって捨てなくてはならない。
だとしても生涯愛すると誓った人がドラマの撮影とはいえ他の女とキスするのは堪えるものだった。演技とは思えないほどの熱烈な告白シーンにフリルちゃんの演技も相まってアクア君でなければ胸をときめかせるものだった。だからこそ今まで私だけに向けられてきた表情を、抱擁を、キスを、ほかの誰かにむけられてしまうのは来るものがあった。
アクア「今度さ、あかねが前行きたがってたスイーツの専門店行かないか?それか劇場巡りで1日をただ楽しむのも悪くないだろうし…。」
こんなにも私のことを気遣ってくれるのに今もなお負の感情を隠すことができない。女優失格だ。流石に彼が不憫だろう。何かいい仕返しはないか。思考を巡らす。電球に光が灯るように名案が思い浮かんだ。
あかね「いいよアクア君許してあげる。元々アクア君はそんなに悪くないし私の虫の居所が悪かっただけだし」
安堵するアクア君だがそんな彼に告げる
あかね「でも条件があるから。さっき言ってたことと今から私が満足するまでキスさせて。」
アクア「…それくらいなら別にいいが…。」
思えば私から彼にキスすることは数えたぐらいしかないかもしれない。いつも大きな彼に包まれて優しくキスされていた。いつもは攻められてばかりの私のサドな部分が捕食されるの待つ彼の顔に刺激される。
アクア君をソファに追い詰めて後頭部を腕で抑える。ゆっくりと顔を近づける。
長いまつ毛、大きな瞳、整った顔立ち。改めてマジマジとアクア君の顔を見るとその美しさに声が出なくなる。キスなんて何度もしたことあるのに、身体だって重ねたこともあるのに改めてこういう場面に出くわすと指が震えた。
「アクア君目を閉じて…いくよ?」
「んう…」
触れてしまった。今までのような勢いに任せたキスじゃない。触れた瞬間、その先端部分からその柔らかな感触を味わう。じわじわと広がると多幸感を唇から感じて私と彼の唇の柔らかさを悟る。唇から頬へ、頬から顔全体へ、さらに体全体へと快楽が伝播する。徐々に触れる力を強め、脳全体が快楽と多幸感に支配される。足りない、欲しい、まだ足りない、もっと欲しいと一度味わってしまった甘美なる味を知ってしまえばもはや後戻りすることなんて考えなかった。アプローチの仕方を変えて何度も唇に触れていた。刹那ようなに短い時間だったかもしれない。悠久のように長い時間だったかもしれない。こんなに幸せなキスをした彼の顔が見たくなった。唇が離れるその瞬間まで全神経を口先に置いてきた
アクア「こんなに積極的なあかねは初めて見た…もう満足したのか?」
足りない、足るはずがない。きっとアクア君もそう。物足りないから求めてしまう。来るように仕向けるのだ。
再び彼の唇を奪う。もはや私の脳は気持ちよさを得ることにしか働いていなかった。気持ちいい…幸せ…柔らかい…あったかい…。
触れる瞬間だけの快楽、何度も欲してしまうからなんども口づけを繰り返す。その瞬間の心臓は高鳴り、全身に血が巡り、あらゆる思考を放棄してただ口づけを繰り返す。
薄く目を開けてみれば快楽に呑まれキスを待ち望む目が見れた。身体の内側から蓄積する情欲、キスする瞬間に僅かに聞こえる吐息、お互いがお互いをするがまま、されるがままに享受していた。リップ音が部屋に響く。
可愛い
可愛すぎる
好き
大好き
アクア君は
このアクア君は私だけのものだ
私だけのアクア君だ。
「はあっ…はぁっ…」
息継ぎすることさえ忘れてしまった私たちは生命を維持するために大きな息を吐き出す。大きな息同士は混ざり合い、口の中に混ざり込む。開かれた大きな口、まだ足りない、もっと欲しい私の中の情欲がもっと彼の深くへと舌先を進めた。
「んぅ…」
口の内側をベロでなぞりあげる。
歯列をなぞり、歯茎に触れ、唇の裏をぺろりと舐める。新しい動きで新しい場所を攻める度、僅かに揺れる彼。
彼から漏れたぐもった声さえ愛おしい。もっと感じて欲しい。有象無象のキスなんかじゃない。星野あかねという人間のキスで、私だけのキスで彼を満たしたい、私だけで満足して欲しい。
触れ合う時間が長くなるにつれて熱くなる体温、私の舌で彼の口の中を犯し、奪い、支配する。まだ足りない。まだ…
やっと見つけた。
アクア君の舌を私の舌で這わせる。既にドロドロに溶け切った二人の舌が、唾液がグチョグチョに混ざり合い溶け合い、全ての向きから私たちの舌は重なり合った。
「「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…」」
時間なんてわからない。わかるのは彼も私もキスだけでドロドロに溶かされてしまっただけだった。人様には見せられないようなふやけきった顔、私の顔なんてわからないけど僅かに涙が浮かび垂れるような扇状的な目は大変魅力的だった。それは彼も同様らしい。
あかね「私のキスはどうだった?」
アクア「こんなキス覚えたちゃったらもうあかねでしか満足出来ないよ。」
あかね「それでいいの。」
アクア「明日仕事何時から?」
あかね「夕方からだよ。」
アクア「こんなにすごいのしてくれたんだから俺もあかねに応えないと。」
抵抗できないまま、抵抗なんてしないまま
お姫さま抱っこでベッドへと導かれる。
あかね「私の仕返しなんだけどなぁー。」
アクア「俺がめちゃくちゃヤりたいだけ」
あかね「ケダモノ。」
本当のケダモノはどちらか?
すでに彼からの行為を待ち望む私がいた。
朝日が上り始めた時ようやく私たちは眠りについた。詳しい内容は恥ずかしくて言えないけど私は結局彼にわからされて負けたことだけは確かだった。