狩人にラブソングを(2)

狩人にラブソングを(2)


次の出勤日。

デンジはデビルハンター東京本部にあるマキマの執務室を訪ねた。ノックをしたら返事が返ってきた為、扉を静かに開ける。

「おはよう、デンジ君。朝早くに何か用?」

「おはようございます…」

デンジを出迎えるマキマは、出会った頃と変わらず美しい。契約した悪魔の影響で不老と言っていい若さが保たれているのだ、と以前彼女の口から聞いたことがある。

「息子の事で相談がありまして…」

「キリヤ君?活躍は聞いてるよ」

「キリヤの奴、公安で働きたいと言っていまして、4課で雇ってもいいですか?」

「いいよ、わかった」

マキマはあっさり受諾した。彼女が率いる特異4課は実験的な体制で動いており、公安が捕らえた魔人や悪魔の一部を人外職員として数えている。特異な体質を得ているデンジも、分類で言うなら人外職員に該当するだろう。よって人員の雇用に関しては、かなり融通が利くのだ。

「一度面談したいな、いつ来れそう?」

「昼に一度連絡してみます。夜には予定を伝えられるでしょう」

「わかった」

キリヤの件を伝えたデンジは執務室を退出。公安に入ったばかりの頃とは違い、デンジも新人の面倒を見る立場になった。とはいえ、公安のハンターは民間より殉職率が高い為、大半は顔馴染みになる前に消える。

昼頃にキリヤのいる学校に連絡を入れると、本人は今日中の面談を希望したがマキマにも都合がある。明後日に時間がとられる事になり、キリヤはじれったい気持ちで当日を待った。

そして、面談当日。

キリヤは真紅のアメリカ車に乗って、東京本部に向かった。しかし運転席には誰もおらず、キリヤは後部座席の窓から景色を眺めている。ハンドルやブレーキ、アクセルは適切なタイミングが来ると独りでに動いた。

キリヤが契約している、車の悪魔である。数ヶ月前、民間で依頼を受けて駆除に向かった相手だ。



その日、都内の立体交差点の下に現れる悪魔をキリヤは狩りに向かった。事前に得ていた情報から愛用のグルカナイフを工業用の長柄ハンマーに持ち換え、出現した真紅のアメリカ車に戦闘を仕掛けた。

タイヤで擦られた路面が悲鳴を上げ、振るわれたハンマーが唸る。猛牛の如き突進をボンネットに乗って躱し、キリヤはルーフに鉄鎚を叩き込んだ。

鎚頭が真紅のボディに十数回は叩き込まれた頃、車の悪魔はゆっくりと間合いを広げた。突進の予備動作かと身構えたキリヤだったが、全てのドアが突然開き、相手はそのまま動きを止めた。「乗れってか?」と躊躇いがちにキリヤが尋ねると、ヘッドライトが意味ありげに2度点滅した。

《ありがとう…》

キリヤが乗り込むと、カーラジオから女の声が聞こえてきた。真紅のアメリカ車は開いたドアを静かに閉めると、人気のない駐車場までゆったりと走り、空いていたスペースに自身を停めた。

「…で、何の用?」

《私と契約して欲しい…》

車の悪魔はキリヤを気に入ったらしく、彼に契約を持ちかけてきた。条件は


・自分以外の車両を所有しない事。自動車はもちろん、自転車やバイク、船舶や飛行機、スケートボードすら禁止。

・キリヤ自身の肉体と自分以外の交通手段を使用しない事。電車やバス、タクシーや飛行機に船、全て使ってはならない。

以上の2つを守るなら、自分の力を自由に使わせる。


2つ目の条件はかなり不便だが悪い条件ではない、とキリヤは思った。母は右目と引き換えに幽霊の悪魔の右手を使える。感覚や身体部位、寿命が対価になることさえあるのだ。破格と言っていい。

「この場で返事はできねぇな。勝手に悪魔と契約するのは違法なんだ。お前と契約するかどうかの返事は、国が許可した後にする」

《わかった。それなら契約の中身だけ決めよう…?》

しつけぇ、とキリヤは内心嘆息するが表には出さない。

「あのなぁ、俺学生なの。自分の車なんてあったって使わねぇって。お前に乗って通学するとか、クソ目立つじゃん」

キリヤは会話で場を繋ぎながら、交渉を試みる。コイツと契約したら海外旅行にはもういけないな、と贅沢な不満を抱きながら。

「条件だけど、1個目は契約を結んだ後、家に帰ったら俺個人が持ってる自転車は処分する。それと親父とお袋、お袋の家族の持ってる車、それから姉貴がこれから手に入れる車を条件に含めないなら、いいぜ」

《…わかった》

「よし。2個目の条件は俺が成人した後に就職するまで待て。その代わり、"自分の意思で女を乗っけねぇ"。家族だろうと彼女だろうとな、男は…まぁ、必要なら乗せてやるけど」

《もう他にはない…?》

「あぁ?あ〜…俺からはねえ」

契約の内容について、両者の間で合意が結ばれた。報告の後、手続きを幾つか踏んだ後に許可が降りた為にキリヤは車の悪魔と契約を交わした。

(後になって、車に乗せたくなる美人に出会うなんてな〜)

ついてねぇ、と思いながら、キリヤはマキマの執務室のドアをノックした。

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