物託。

物託。

#桑上カホ #和楽チセ

「ゔーー、ゔゔーーー……ぐぅぅううーー……ゔあ゙あ゙あ゙あ゙っっ……」

 チセちゃんの“発作”が始まる。

 砂糖を貪り幻聴と幻覚で現実を塗りつぶし作品を作り上げるようになったチセちゃん。あまりにも砂糖を食べる量が多く、食事も摂らないチセちゃんに我慢できなくなった周囲の者たちが、ある程度砂糖の量をセーブしてあげることになった。

 チセちゃんが食べる砂糖の量は本当に酷い。『きらきらふわふわ』を見るために、『ぱちぱちざわざわ』を聞くために、『ぐるぐるゆらゆら』を見るために、日に日に短くなる幻覚幻聴をどうにかして得るため、常人が壊れてしまう量の数倍を無心に口へ運ぶ。誰の制止も聞かずに一心不乱に砂糖を貪る。

 だから我々は座敷牢にチセちゃんを閉じ込めることにした。砂糖を断ち少しでも延命させるには、もうこれしか方法はなかったのだ。そしてこれは、チセちゃん本人からの要望でもあった。

「ぁ、あ、あゔあ゙ゔあ゙ゔあ゙あ゙あ゙……!!」

 閉じ込められたチセちゃんの苦しそうな声が轟く。思わず耳を塞いでみても消えやしない。

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っっっっ!!!!痒い!痒いよぉ!!ふゔーーっ!!ゔゔゔゔゔ!!!」

 厚手の布が擦れる音。

 皮膚の下に虫が這う感覚や、耐え難い痒みにチセちゃんは肌を何度も掻き壊した。それだけでなくストレスから爪を剥がしたり指先を食いちぎらんばかりに齧ったりもした。あまりにも自身を傷つけるものだから、両の手を柔らかい布で覆わせたのだ。

 そんな状態では、柔肌を掻きむしり痛みで掻痒感を誤魔化すことはできない。痒む体と自身の意のままにならない身体に心をすり減らしたチセちゃんは、今度は襖を叩き始める。

「あーーーけーーーろーーーー!!!!」

 鉄板を仕込んだ襖は、叩かれるたびに目に見えて歪む。錠前がガチャガチャと暴れる。

「あけろってばーーーー!!!!」

 ごめんなさい。ごめんなさい。そう小さく繰り返しながら座敷牢の鍵を握り締める。

「聞いてるんでしょーーー???ねぇーーーーー!!!!カホーーーー???ねえ゙ーーーーー!!!あーーけーーろーーー!!!あけろよーーーー!!!!…………あーけーーろぉぉぉぉおおおおおおおおおお゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!!!!!!!!」

 ごめんね、ごめんね、私のせいで。私が気づかなかったから、私が気づけなかったから、チセちゃんは今こんなに苦しんでいて、私はそれを少しも肩代わりしてあげられなくって……。

「ごめんなさい、ごめんなさいっ!ごめんなさいっっ!!!」

 苦しむチセちゃんをただ閉じ込めて、何もしてやれないまま、嵐が過ぎ去るのをじっと蹲って待つ。己の無力さを、己の無能さをひたすらに噛み締める。悔しさに歯を食いしばり、チセちゃんを苛む苦痛に涙が溢れる。

 これ以上チセちゃんが苦しまないように早く、早く終わってと祈るだけの時間は永劫かのように続いた。


━━━━


 涙で溶けてしまった化粧を直し、制服を整えて牢の鍵を解く。重苦しい襖を慎重に開き銃を携えながら室内を確認する。

 夕日の差し込む座敷の中は壁のあちこちに穴が空いて畳はひっくり返され、柱には角で削られた傷がある。残骸が散らばる部屋の隅で、チセちゃんは横たわり眠っていた。

 酷い汗。全身がぐっしょりと濡れて、着物は乱れに乱れている。布巾を絞り汗を拭ってあげていると、チセちゃんの眉間に皺がよってゆっくりと目を開く。

「あ…………」

 目を覚ましたチセちゃんは、薄らと開いた目でこちらを見つめる。

 砂糖を食べてきらきらふわふわの世界に溺れている目でも、砂糖切れに甘味を求めて爛爛と輝く目でもない。憔悴して弱り切ったか弱い少女の目が、私を捉える。

「ごめんね、カホ……。私、また、暴れちゃったみたい……」

「違うんです……私が……私が止められなかったから……」

「ううん、カホはすごいよ……ありがとうね……」

 疲れ切ったチセちゃんの笑みに、あの頃の面影はない。色褪せてくすんでいて、とても見てはいられなかった。

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