父と父と

父と父と



「悪かったな。任務の邪魔をした」


ドフラミンゴとの「対話」を終えた、『四皇』赤髪のシャンクス。


天災の如き威圧感を孕んで護送船に乗り込んできたその怪物は、今では幾分か落ち着いたように見える。



「今回限りにしておくんない、赤髪の。何やら事情があったようで、こちらも大人しく引き下がりやしたが……」


「ああ……済まなかった」


「聞きたいことは聞けたのか、赤髪」



大目付・センゴクが歩み出る。シャンクスが乗り込んできた時からずっと静観していたようだ。



「大方はな。すまんがセンゴク、ドレスローザへ向かうにはどっちへ行けばいい?」


「ドレスローザに?


……あー……少し待っていろ」



センゴクは船内に戻ったかと思うと、エターナルポーズを片手に戻ってきた。



「私のエターナルポースだ、貸しにしておいてやる。別に返さずとも構わんがな」


「すまん……恩に着る」



一つ頭を下げると、シャンクスは自船『レッドフォース号』へと戻って行った。


次の目的地が決まったらしいその船は、ゆっくりと方向転換を始める。



「エターナルポースまで渡しちまうなんて、随分と赤髪に肩入れするじゃないか」


「……まァな」


「しかし……」


「?」


「赤髪の目的が麦わら達に会いに行くことなら、入れ違いになるんじゃないかい?」



ため息混じりにおつるが一つぼやく。

確かに彼らの船は護送船が出港する少し前に出航していた。



「あっしに追われて少し先に船を出しちまいやしたからね……」


「……そこまでは知らん。我々の預かり知るところではない」


「まァ……確かにそうだ」


「やれやれ、何がやりたいんだか」



それだけ言うと、藤虎は踵を返し、船内に戻って行ってしまった。

おつるもそれに続く。甲板にはセンゴクだけが残っていた。



(赤髪……



…………貴様も、人の親か……)



──────



一方のドレスローザ。


ドフラミンゴの支配から解放されたばかりのこの国は、まだまだ多くの傷跡が残っている。


復興に追われながらも、人々達の表情は皆一様に晴れやかだった。



「ソーセージくださーい」


「おや、いらっしゃいレベッカ。ソーセージだね?ちょっとお待ち」



レベッカもまた、ようやく取り戻した平穏な日常を噛み締めていた。


丘の上の小さな家での父親との暮らし。記憶が無くとも何年も待ち望んでいた、確かな幸せだった。



────だが。



「か、海賊船だーっ!!」


「えっ……?」



海賊。この国を救ってくれた者達も海賊だったとはいえ、長年海賊に支配されてきた人々の警戒心は簡単には薄れない。


加えてその救ってくれた海賊達も今はもう既にこの島を離れていた。やって来た海賊の目的が何かは分からないにせよ、もし略奪目的ならば、国軍だけで守り切れるだろうか。



「お、おいちょっと待て!あの船まさか……」


「よ、四皇!?四皇の船じゃねえか!?」



俄に絶望が支配する。あの『七武海』ドフラミンゴでさえあれほどの地獄に苦しむ羽目になったと言うのに。


さらにそれより強く凶悪だという四皇が押しかけてきた。一体ドレスローザが何をしたと言うのだろうか。



「どうするんだ……もうルーシー達も船を出した後だぞ……!?」


「どうするって……もうどうしようも……」



しかし。


遠くの沖に姿を見せた『レッドフォース号』は、そこから距離を詰めてこない。ずっと遠くに浮かんだままだった。



「……近づいてこないな?」


「何だ、何を企んでやがる……?」



ざわつく民衆の中、レベッカは一人考え込む。



(『四皇』……四皇?


四皇っていうのがよく分かんないけど……確かウタちゃんのお父さんがそうだって言ってたような……


…………あっ、まさか!?)



レベッカが感づくとほぼ同時に、後方から聴き慣れた大声が聞こえた。



「皆、静まれ!私が行こう!」



「キュ、キュロス隊長!」


「そうだ、ルーシー達がいなくてもおれ達にはこの人がいる!」


「キュロス様ー!海賊をやっつけてー!」



「お父様……」


「ここにいたのかレベッカ。実物を見るのは初めてだが、恐らくあれは四皇・赤髪の船だ。


恐らくだが……この国を侵略するような真似をするつもりは無さそうだ。だが万に一つがあってはいけない、先に家に戻っていなさい」


「う、うん」



それだけ言うと、キュロスは海岸へ向かって駆け出して行った。



──────



「……ここが……」



ドレスローザに降り立ったシャンクス。


騒ぎを起こさないためか、レッドフォース号は沖に停めたまま、船長1人で乗り込んだ。



「…………!」


「……来たか」



シャンクスが上陸するのとほぼ同時に、キュロスも海岸へと辿り着いていた。


相対する父親2人。先に切り出したのはシャンクスだった。



「あんたは、この国の兵士か?」


「厳密には元、だがな。


一応聞いておくが、この国へ何をしに来た?海賊」



警戒は緩めないが、剣は抜いていない。


抜かずとも対応できるという自信の表れか、それとも。



「あァ……脅かして悪かったな。少し人を探しに来たんだ」


「人を?」


「ああ。なああんた、この国にウタって女の子はいないか?」


「……いたぞ。少し前までな」


「本当か!?今どこに……少し前まで?」



シャンクスの顔がパッと明るくなったが、またすぐに曇る。



「お前がいうウタという女の子は、この子のことか?」


「この子……!!」



キュロスは懐から海賊の手配書の束を取り出した。


その中に、赤と薄いピンクの特徴的な髪色が目を惹く、満面の笑みでVサインを見せる可憐な少女の姿があった。



「いつ撮られたのかは知らないが……自分でも大層喜んでいたよ。いい写真だとな」


「喜んでいた……って、ちょっと待ってくれ!あんたウタに会ったのか!?」


「ああ。ドフラミンゴの攻撃から守るためにな」


「な…………!!」



普段はきっとこうではないのだろう。


大海賊らしく、冷静で、時に熱く、それでいて時々大人気ないところもある……


ウタ本人から聞いていた赤髪評からはかけ離れた、激しく動揺する一人の父親の姿がそこにあった。



「……こんな写真があるってことは……ウタは元気なんだな……!?」


「ああ。つい先日まで他の仲間と一緒に私の家にいた。まだ人形から戻ったばかりで不自由することも多そうだったが、彼らがそばに居るなら大丈夫だろう」


「そ、そうか…………」



どっと肩の力が抜けたようだった。


先程までほんの少し纏っていた覇気も、あっという間に全て抜け切ってしまう。



「……先程少し前まではいたと言ったな。彼女なら既にルフィランド達の船に乗って出港してしまった後だ。


済まないが、彼らの次の行き先は私も聞いていない。海軍に追われ慌てて出航したようだからな」


「……いや……無事が分かったんならそれでいい……


それに……」



複雑な感情がない混ぜになった表情を見せる大海賊・赤髪。


その感情の中にはきっと……



(おれには、今更会う資格は無い)



などと言うものも混ざっているのだろう。


わざわざこんな遠い国まで来る様な親が何を言っているのだろうか。


……それは私が言えたことではないな、とキュロスは一つ苦笑した。



「悪いな……復興の邪魔をした。無事さえわかれば、それで……」


「…………あー」


「?」


「伝言、というわけではないが。彼女が言っていたことを伝えておこう」


「ウタが……?」



「彼女は、父親にまた会いたいと言っていたな。


時間はかかるかもしれないが、いつか必ず会いに行く、と。


こんなにも愛されている父親が羨ましいよ。一体どこの誰なんだろうな」



「………………!!!」



「海賊と言えど、振る刀も持たない人間に向ける剣は私は持っていない。もとより私も罪人だしな。早く帰るといい。


…………いつか、会えるといいな。」



「ああ……ああ…………!!」



それだけ言い残し、四皇・赤髪のシャンクスは自船へと戻って行った。


やがてあの船も見えなくなるだろう。これでドレスローザに再び平穏が戻る。


さて、自分も戻ろう……そう思いキュロスが振り返ると。



「誰が羨ましいの?」



少し頬を膨らませたレベッカが待っていた。



「レベッカ!?い、家に戻っていなさいと……」


「ほっとけないよお父様のこと。それより何?娘に愛される父親が羨ましい?お父様は自分のこと羨ましくないの?」


「そ、それはだな……」



ぷりぷりと怒る娘に責められれば、コロシアムの英雄もタジタジだ。


勿論、レベッカも本気で責めているつもりではないのだが。



「……今のって、ウタちゃんのお父さんだよね?」


「ああ。聞いていた話と随分雰囲気が違ったが……


子を思う父親というのは、皆ああなるのかもしれないな」


「お父様もそうだったもんね」


「れ、レベッカ……」


「ふふふ、お父様ってば。



…………会えるといいね、ウタちゃんも」


「ああ、会えるさ。いつかは必ずな」



レッドフォース号はもう既にほとんど見えなくなっていた。


彼らが巡り合うのがいつになるのかは分からないが……


この海が繋がっている限り、その可能性はきっと無限大だ。



「……さあ、帰ろうレベッカ」


「うん!今日はちょっと奮発してご飯作っちゃうから!」


「おお、それは楽しみだな!」

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