無題
※なんか色々上手くいって平和になった世界線
※621が成人してる
※何もかも捏造
コーラルを巡る闘争は一応の終息を果たし、各陣営は妥協点を探りあいながら、共存の道を模索し始めた。つまり、ウォルターの仕事もとりあえずは終わったのだ。それによって、時代遅れの第四世代型強化人間だった私の仕事も終わり、普通の人生を手に入れることができた。
エアに教えてもらいながら何とか完成させたヘアアレンジに、カーラが選んでくれた可愛いワンピース。ウォルターに今日の外出の理由を告げると渋い顔をされたが、服装と髪型はよく似合っていると褒められた。これなら自信を持ってあの人に会える、と意気込んで家を出る。そこにはスティールヘイズと同じ、夜空の色をした車が止まっていた。車体に体重を預けていた彼が軽く片手を挙げた。
「やあ戦友。息災だったかな?」
「ラスティ!うん、元気だよ!」
そう答えて抱き着こうとするも、軽くかわされてしまった。口を尖らせて彼の顔を見上げると、困ったように眉を下げて笑っていた。
この人はいつもこうなのだ。私は子供のころからずっと本気なのに、ずっと子供の勘違いだと思っている。諦められたら楽だろう。だけど今だってこうやって、私にとってはデートのつもりのお出かけに付き合ってくれるし、優しく助手席までエスコートしてくれるのだから、ああ好きだなあと思ってしまうのだ。
ルビコンの市街まで出て、レストランに入る。昔はミールワームくらいしかまともな食糧がなかったこの星も、復興を果たして他所の星から肉や野菜を輸入することができるほど豊かになった。その後はデパートで様々な店を見て回った。そこでラスティは私の髪が長くなってきているからと、ヘアアクセサリーを買ってくれた。今度はそれを着けて行きましょう、レイヴンと頭の中で言うエアに、こっそりと頷いて返した。
ラスティといる時間はいつもあっという間で、いつもより三倍くらい時間が速く進んでいるような気がする。そう思いながら、私は帰りの車内で俯いた。その気持ちを知ってか知らずか、ラスティはなあ戦友、とこちらに声をかけてきた。
「私の勘違いでなければ、今日は何か大切な日ではなかったかな」
私は顔をパッと上げて、ラスティの方を向いた。彼は、心底嬉しそうな顔をしていた。それである程度察した私は、ゆっくりと頷いた。
「……うん。私、大人になったよ」
脳を焼かれると同時に戸籍まで燃やされた私の正確な誕生日は分からない。だから、ウォルターと初めて出会った日を誕生日に決めた。その日から幾数年。拾われた時の推定年齢と合算すると、ルビコンの慣習で成人と認められる歳になった。
「あんなにお転婆だったのに、素敵なレディになってしまったな」
「やめてよ、恥ずかしいじゃん」
からかうように言うラスティを肘で小突く。確かに小さい頃は彼へのアプローチがそれはもう明け透けなものだったから、お転婆と言われても文句は言えないのだけれど。それはそれとして、今もその想いに変わりはない。どうやったら伝わるのだろう、と少し考え始めた時、車が脇のレーンに入っていきなり止まった。驚いてラスティの方を見上げる。
「……正直なことを言うと、ここまで成長した君を見られるとは思っていなかったんだ。強化人間手術の危険性は私もよく知っている」
雑な手術に過酷な戦場。寿命を容赦なく削っていく環境に置かれていた私は、再手術を受けた後でも、この歳まで生きられるという保証はなかった。ここまで生きてこられたのは、ひとえにお前の生命力の強さのおかげだとウォルターは言っていた。
ラスティが私の片手を恭しく取った。親指が手の甲を撫でる。お互い軍人で、古傷が目立つ手はお揃いだったけれど、手の大きさだけは誤魔化しきれないほど違っていてどぎまぎした。
「まず、君に感謝したい。ここまで健康に生きてきてくれて、戦場で命を落とさないでいてくれてありがとう」
「いや、それは皆のお陰だもん。もちろんラスティもね。だから私にお礼を言うのはちょっと違うよ」
少し上ずった声で返した。あまりにも真剣な口調なものだから動揺してしまったけれど、これは根っからの本心だった。謙虚だな、と呟いたラスティが目を細めて微笑んだ。この人は、こんな笑い方をする人だっただろうか。そもそも、私からではなくあちらから触れられるのはいつ以来だろうか。ふと胸中に湧いた疑問が心臓を激しく鳴らす。
「それと、もう一つ。君は、ずっと私に懐いてくれていたが、てっきり身近な大人が魅力的に見えるというだけのものと思っていたんだが……私の見立て違いだったらしい」
ラスティのもう一方の手が、私の顎を軽く持ち上げた。あえて目を合わせないようにしていたのに、もう逃げられなさそうだ。私は意を決して目線を上げた。そして後悔した。
「今まで、君にばかりアプローチをさせてしまってすまなかった」
「い、や、別に……だって乗っかっちゃったら、ラスティ捕まっちゃうじゃん?仕方ないよ」
「それは確かに正論だろうが、君が魅力的な女性だという言葉に間違いはなかったよ。今だってそうだ」
これまでの、子供の成長を見守る穏やかな目でもなく、いたずらに本気で困惑し焦る目でもない視線がそこにはあった。だけどどこかで見た覚えのあるものだった。慌てて何かどうでもいいことを話そうとした瞬間、これからは、と額がぶつかりそうな距離で囁かれた。飲み込んだ息は、自分のものと思えないほど熱かった。
「……私も。容赦をするつもりはないからそのつもりでいてくれよ、戦友」
ああ、あれは戦場にいるときの、獲物を狩るときの目だ。そう気づいた時にはもう遅い。たっぷり時間を取った後に満足気な表情で離れていったその顔には、出会ったばかりの頃よりも小皺が増えていたが、嫌味なほどに整った造作は変わりなかった。一転攻勢、翻弄されっぱなしだった私は、お手柔らかにと息も絶え絶えに言うのが精一杯だった。
おわり