女ヶ島編前編
凪の海。風が無く巨大な海王類が渦巻く魔の海で一隻の軍艦が止まっている。
「いや〜九蛇かァ〜。島民全員戦士なんだって?楽しみだなァ〜。美味いものあるかなァ〜。」
その軍艦の横で倒れてる巨大な海王類の死体。その上でこの惨状を引き起こした本人はケラケラ笑っていた。
「今回の目的は戦闘ではない。召集に応じた七武海"海賊女帝"の迎えだ。くれぐれも下手な真似をしてくれるなよ。ルフィ大佐。」
「わかってるよ。モモンガ中将。怪我して帰るとウタが心配するしな。」
軍艦の上で待つモモンガ中将の叱責を受け先程までの様子を崩し真面目に返すルフィ大佐。普段のルフィの性格を知ってる乗組員の面々はその対応を意外に感じた。
「七武海か…」
その呟きはモモンガ中将にしか届かなかった。
暫く待ち追加の大型海王類を3匹沈めた所でようやく九蛇の海賊船が見えて来た。
「やっと来たか。相変わらず待たせよって。」
「けどモグモグ良かったじゃねェかモグモグ丸一晩モグモグ待たされなくてゴックン。」
「……食べるか話すかどっちかにしたらどうだ?」
モモンガ中将の問いに別に良いだろうと返すルフィ大佐。その返しにモモンガ中将はやはりあの人の孫かとため息をつく。本来なら今、こうやってこちらの指示を聞いてくれているのも奇跡のような若き英雄をみる。彼が今大人しくしてくれてるのはひとえに少し前のアラバスタの事があるからだろう。あの事件があるから彼は七武海を警戒しこちらの指示に従ってくれる。モモンガ中将は待ってる間九蛇が実際に来るかより、彼が突撃していかないかの方が心配だったぐらいだ。
「怪物達の海のど真ん中に停泊とは度胸があるわね。」
九蛇の船が軍艦の横に止まり少し世間話が入る。と言っても海軍側はのんびり話すつもりなんてない。モモンガ中将が交渉する中、ルフィ大佐は一度も笑わずただ静かに九蛇の船を見つめていた。
「誰じゃ一体…わらわの通り道に…子猫を置いたのは!!」
「……」
「出て来たか…ボア・ハンコック…!!」
モモンガ中将の呼び出しに応じたのか船の中から3人の女性が出てくる。おそらく軍艦に乗っていたものの殆ど全てがその中心の女性に向けられるだろう。ただ1人を除いて。現れたのは"海賊女帝 ボア・ハンコック"世界三代勢力の一角、七武海。その1人だった。
「とうとう迎えに来たか。節介な者達じゃ……先日の返答は偽りじゃ!!ーーだが七武海の称号は…剥奪しないでほしい…!!ーーそしてそなた達の船の積み荷も…全て欲しい。」
「やるわけねェだろ。なに言ってんだおめェ。」
わがままな女帝の要求に言葉のノータイムで返したのは今まで交渉の前面に立っていたモモンガ中将ではなく、ずっと静観に徹していたルフィ大佐だった。その返答に海賊女帝に見惚れてた海兵達は正気に戻る。
「わらわはそなたらの船が全て欲しいと言ったのが聞こえなかったのか?」
「いくら七武海でもモグモグゴックンそんな横暴が許されるモグモグゴックンわけねェだろモグモグゴックン。」
あくまで不遜な態度を崩さない海賊女帝相手にルフィ大佐は海王類の肉を食べながら答える。お互いにその言葉には余裕があるが周りの人間からすれば恐怖以外の何者でもなかった。
「それが許されるのじゃ。なぜだかわかるか?わらわが何もしようとも、子猫を蹴っても…そなたの耳を引きちぎっても…人を殺めても…世界中がそれを許してくれる!!…なぜなら「許すわけねェだろ。」!?」
「七武海が許されてるのは海賊からの略奪だ。罪の無い奴を傷付けて世界中が許してくれる?何ふざけた事言ってるんだ?」
「それが許されるのだ!!なぜならわらわが美しいから!!」
「そんなんで許されたら海軍(おれ達)はいらねぇんだよ。」
海賊女帝の暴虐無人な態度にルフィ大佐はその明るさを消し静かに、冷たく対応する。両者の間に嫌な空気が流れる。モモンガ中将は頭を抱えていた。海兵達は一色即発の空気に怯え、九蛇の戦士達は自らの頭に喧嘩を売る男を興味深げに見つめる。先に動いたのは海賊女帝であった。元々自らの強さに自信がある海賊女帝は我慢する気などさらさら無い。
「わらわに見惚れるやましい心がそなたの体を硬くする…!!"メロメロ甘風"!!!」
「いかん!!」
海賊女帝から放たれたビームは海兵達を石にする。モモンガ中将は慌てて手に刃を刺し正気を保つ。恐怖の中にあっても美しいものに魅了される気持ちは変わらない。"美しい"そう少しでも思っていたら石になってしまう恐ろしい能力。
「それは…敵対行為って事で良いんだな?」
それは言ってしまえば美しいとカケラも思わなければ意味が無いという事。その攻撃を敵対行為と捉えたルフィ大佐は軍艦を蹴りその足を空へ引き伸ばす。その脚が黒く染まる。
「ゴムゴムのォ!!!斧ォォォ!!!」
「芳香脚!!!」
2人の脚が空中でぶつかり合う。その衝撃で2つの船は揺れ、衝撃の発生点の真下にある九蛇の船は船体が軋み幾つかの板が剥がれる。衝撃がやみ、それぞれが己の船に降り立つ。
「ルフィ大佐。問題は起こすなと言った筈だが。」
「最初に敵対行為をしたのはあっちだ。」
「それでもだ!!」
「……ッ!」
「そちらに召集に応じる気が無いのはわかった!強制召集でも無し!今回の所は引かせて貰おう!」
モモンガ中将はルフィ大佐を抑え交渉を終わらせる。元々今回の会場は強制では無い。あくまで来ると返事が来たから迎えに来たに他ならない。来る気がないならこれ以上ここにいる理由が無いのだ。
「待て!その者の横暴を許す訳にはいかん!その者は置いてゆけ!」
だが、海賊女帝にしてみればそうはいかない。自らに惚れない。自らに攻撃を仕掛ける。自らの船を傷つける。それどころかあの不遜な態度。その全てが許せる物では無かった。
「よいのか?わらわが解かねばその者達は永遠に石のままだが?」
だから条件を出す。このままそいつらを殺されたく無かったらその小僧を渡せと。暗にそう伝える。
「そんな事「良いよ」!?」
当然受け入れられないと反論しようとするモモンガ中将の言葉を遮るようにしてルフィ大佐は許可を出す。そして無言で九蛇の船に向かって歩いていく。
「待て!今海軍がお前を失う訳には!」
「大丈夫だよ。モモンガのおっちゃん。おれ強いから。」
呼び止めるモモンガ中将にさっきまでの怒気が嘘のような柔らかい言葉と笑顔を返すルフィ大佐。そのまま海賊女帝の前まで行くと両腕を海賊女帝に向ける。それはまるで捕縛された海賊のように。
「1つ聞くが…おれが捕まればあいつらは助かるんだな?」
「むろんじゃ。お主が大人しくしておけばな。」
蛇がやってきてルフィ大佐の両腕と両足を縛る。冷ややかなルフィ大佐の問いに海賊女帝も冷たく返す。そしてルフィ大佐を連れた九蛇の船は女ヶ島に向かう。
「ルフィ大佐!2日だ!2日だけお前を待つ!きっと帰ってこい!」
離れていく九蛇の船。戻りゆく部下達の中でモモンガ中将は叫ぶ。九蛇の本拠地。男子禁制の島に連れていかれるのだ。帰ってくる確率は低いだろう。けれども、あの悪運の強い若い海兵はきっと帰ってくる。そんな直感が働くのは歴戦の経験からか、それとも望みからでた幻想か。それはモモンガ中将には分からなかった。