無題
「えー。では御一同、グラスは持ったな~? それでは! 麦わらの一味アーンド、ハートの海賊団及びドレスローザ解放戦線の大勝利を祝して! 乾杯~~~っ!」
「かんぱーーーい!」
ドレスローザを出立したその夜。バトルロメオの船に相乗りした麦わらの一味(一部除く)とローとウタは、空き部屋の一室を借りて飲み物の入ったジョッキを手に乾杯していた。
「待て。またやるのかこれは」
「おう!」
「いやー。ドレスローザで皆で騒ぐのも悪くはなかったけどさ~。やっぱ俺達はこっちの同盟ありきな訳だろ? ちょっとだけ内輪だけで祝いたくなったんだよ~」
「ウソップ、酒がなくなった」
「いやお前が一気に飲んだからだろ?!」
「うふふ。こういうのも楽しいわよね」
「だな。ま、他人の船っつーことでバカ騒ぎは出来ねぇが、区切りつけるには良いだろ」
「お前ら、単に理由付けて飲み食いしてぇだけだろ」
ウタと二人で休んでいたところ、突撃してきたルフィによってほぼ強制的に参加させられたローは、いつぞやのサニー号での親睦会と言う名の飲み会を思い出して呆れながら顔を顰めた。今回は見張りが必要ないという事で、ドレスローザで共に戦った麦わらの一味は全員参加。ルフィとゾロはバトルロメオが厚意で用意してくれたのだろう肉と酒を次々と消化していき、ウソップとフランキーもマイペースにジョッキを傾けて楽しんでいる。ロビンはウタと話しており、二人とも笑顔を浮かべていた。無理矢理の開催ではあるが、ウタが楽しんでいるのならわざわざ文句を言う必要もない。ローは仕方なく、場の空気を壊さない為にも大人しく流される事に決めた。
あまり広くない室内で、楽しく騒ぐ声が反響する。いつもなら五月蠅いと一蹴するところだが、何だかんだ、無事に目的を果たせたからか。この喧噪も今日は良いだろう、と思えてくる。そんな事を考えていたら、ローの右隣にウタが移動してきた。肉の乗った皿を手前に置いて、未だに包帯の巻かれたローの右腕に視線を向けてくる。
「ロー、怪我は大丈夫?」
「あぁ、今はもう問題ない。心配かけたな」
「うぅん! 腕を切られた、て聞いた時はどうしようかと思ったけど……無事に治って良かった」
「そうだな。トンタッタ族には感謝しかねぇ」
一度は完全に切断されたローの右腕だが、トンタッタ族のレオとマンシェリー姫のお陰で、今では問題なく動かせるようになっている。包帯の方も、ゾウに辿り着く前には外せるだろう。正直もう無理だろうと諦めていたが、こうして再び動かせる腕が戻ってきた事は、ローとしても有難い事だ。だからこそ、自然と口からは治療してくれた二人への感謝が零れる。
それを聞いて、ウタも安心したように顔を緩ませた。ローの腕へそっと手を伸ばし、包帯の上から労わる様に指を這わせる。この下で、無事に腕が繋がっているのだ。ローの大事な腕が。
「ローの腕は、人を生かすものだもん。でもこれで、これからも沢山の人を助ける事が出来るんだね」
ウタ自身、ローに助けられた過去があるからか。海賊であろうと、本質は誰かを助ける為に動ける人だと、そう思っているからか。ウタのあまりに真っ直ぐな言葉に、ローは目を見開いた。そして、ウタがあまりにも大事そうにローの右腕を撫でているものだから、胸の奥から段々と湧き上がってくる感情があった。本懐を遂げるまでは閉じ込めていた、本当なら捨てておかなくてはならなかったものが。今となって、漸くあるべき場所を得たかのように、ローの中で形を得ようとしている。はく、と息を吐いて、その口から感情が言葉となって溢れ出そうとしていた。
「ウタ、」
「おーい、ウタ! ちゃんと食ってるか?!」
「ルフィ! 勿論、ほらこれ! お肉いっぱい食べてるから!」
「あ、ずりぃぞ! 俺にもくれ!」
「だーめー! ルフィさっき五本も食べてたじゃない! これは私の!」
「えーーーっ!」
まるでタイミングを見計らったかのようだ。ウタを呼ぶローの声を、ルフィの声が遮ってしまった。ルフィは勢いよくウタの近くまでやってくると、殆ど額同士がくっ付きそうな距離で話し始める。ウタもそれを気にする素振りは見せず、照れた様子もなくルフィと話し続ける。ウタが持っていた肉を求めてルフィが腕を伸ばせば、自然と二人の体が密着する。
はたから見れば、微笑ましいやり取りとも受け取れるだろうじゃれ合いではあった。しかしその時のローは、何故か無性に邪魔をされたような気分になり、無意識に表情は険しくなっていく。ウタが持っていた肉を、ルフィがウタの手を掴んで直接かぶりついたのを見た瞬間。ローの中で、静かに何かがブチ切れる音が響いた。
「おい」
「ん?」
「ロー?」
肉を取られたウタが文句を言う中で、ローの声が二人のやり取りを止める。話しかけられ、ウタもルフィもローへと顔を向けた。帽子の影から、剣呑な視線がルフィへと向けられている。
「麦わら屋。いい機会だからハッキリ言っておく」
「? おう」
ローの纏う空気が鋭さを増しているのを感じてか、先程まで飲み食いしていた他の面々も、自然と三人へと視線を向ける。ウソップが空気の重さに怯え、ロビンが何をするのか注視し、フランキーは何か面白い事が起きるのでは? と若干ワクワクしていた。ゾロは酒を飲むのはそのままに、黙って成り行きを見守る事にしたらしい。
そうして、室内の注目を一身に浴びたローであったが、握り拳をルフィへと向ける……と思えば、親指を立たせて、その指先を自分へと向けた。自分自身を指さしながら、ハッキリとした声で言い放った。
「ウタが惚れてるのは俺だ」
「………………………………ふぁっ?!」
ローの突然の宣言に、ウタがバグった。妙な声を上げたかと思えば、一瞬で顔を真っ赤にさせ、両手を意味なくわたわたとさせている。なんで?! どうしたの?! と言いたそうではあるのだが、混乱し過ぎて口からはまともな言葉が出てこない。意味もなく慌てるウタに、ウソップは若干の同情を混ぜた視線を向けていた。
名指しで呼ばれ、宣言を正面からぶつけられたルフィは、数度目を瞬かせた。その間も、ローからの視線は鋭さが消えない。面白ぇ事になってきたじゃねぇか、とフランキーは笑っていた。
「うん、知ってるぞ?」
「そうか。なら話は早い。元々幼馴染だったって事で、距離感がバグってるのは仕方ねぇ。いや、仕方なくはねぇが、こればかりは俺が譲歩してやる。だがそれだけだ。これ以上、俺の目の前でウタに余計なちょっかい出すんじゃねぇ。具体的に言うなら顔を近づけて喋るな、ハグをするな、適切な距離を保って過度なスキンシップを取るのはやめろ」
「ちょ、ちょっと、ロー?!」
ルフィとローが淡々と会話をする横で、ウタは未だに顔を赤らめている。と言っても、ローは早口で捲し立てているので、それをルフィが全て聞いているかは不明ではあるが。確かに何度か自重しろ、と言われた覚えはあるが、何故今になって。そう言いたげな表情で、ルフィは首を傾げる。
「トラ男の奴、どうしたんだ……?」
「頭やられたか?」
「いやぁ……どっちかっつーと、なぁ?」
「ふふ。そうね」
ウソップとゾロはローの頭を色んな意味で心配していたが、フランキーとロビンは、ローの言葉の意味するところを理解したのだろう。自分達よりも若い彼らのやり取りが、楽しくて仕方がない様子だ。
ルフィは段々、ローに色々文句と注文を付けられた事が理解出来てきたのだろう。眉間に皺を寄せ、ローに対して声を荒げた。
「なんだよー! なんでトラ男にそこまで言われなきゃいけねぇんだ! 俺はウタと話してぇのに!」
「だから距離感がバグってんだよ自覚しろ。そもそも人の女に無闇矢鱈と抱き着くんじゃねぇバラすぞ」
「良いだろそれぐらい! ウタは俺の姉ちゃんみてぇなもんなんだぞ!」
「そ、そうだよロー! ルフィの事はそんなに気にしなくても……」
「ウタァ! お前も麦わら屋を甘やかすんじゃねぇ!」
「ぴっ?!」
ローの言葉に怒るルフィと、それを擁護しようとしたウタに対して、とうとうローが声を荒げた。普段は(対ウタには)そこまで怒らないローの怒声に、ウタは思わず肩を跳ねさせる。自然と目尻に涙が滲み、同時にどうしてそこまで言われなくてはいけないのか、と憤る。ウタにとってはルフィは幼馴染で、ハグ程度は許容範囲なのだ。それ以上のスキンシップをする予定はないし、する気もないと言うのに、どうしてこんなに強く言われなくてはいけないのか。プルプルと震えながら、元々の負けん気の強さが表に出て、ウタは咄嗟に言い返していた。
「な、なんでそこまで言うの! 良いじゃないハグぐらい!」
「良くねぇ! 大体なぁ、」
そんなウタの言葉に対して、ローは再度声を荒げる。
一度言葉を切って、すぅ、と息を吸い込んだ後は、先程以上の大声が飛び出してきた。
「俺は惚れた女が他の男とイチャついてんのを黙って見てられる程広ぇ心は持ち合わせちゃいねぇんだよっ!!! 察しろ!!!」
ウタの目を見て、真正面から告げられた内容に、ウタは目を真ん丸とさせる。
今、何と言った。ローは何と言った? 惚れた女? それは誰だ。もしかして自分? え、惚れてるって言った? 今まではのらりくらりと、直接そう言った言葉を口にしてこなかったローが? 今、この場で? 他にも人の目がある中? 自分に向かって? 惚れている、と?
「……へぁ……」
それがローからの盛大な告白であると気付き、ウタは先程以上に顔を赤くさせる。頭から湯気でも出るのではないか、と心配になる程真っ赤になった顔を、ウタは必死に両手で隠そうとする。髪の毛は上下にピョコピョコ動いて、気持ちが落ち着かないのだろう事が分かってしまう。
そのまま動かなくなったウタを腕に抱え、ルフィを威嚇するローの様子を、ロビンは可愛いものを見る時のような、慈愛に満ちた目で見守っていた。だがこれ以上は、恐らく邪魔者がいない方が話は進むだろう。そう考え、ロビンは笑顔を浮かべたまま、ロー達へと声を掛けた。
「ねぇ二人とも。確か近くの部屋が空いてたと思うから、一旦そこでお話してきたらどうかしら? 此処だと本音も言い辛いでしょ?」
「そうさせてもらう。行くぞウタ」
「へ、ちょ、待っ」
ロビンの提案を受け入れ、ローは能力を展開すると、何事か言おうとするウタと共に部屋から消える。代わりに現れたのは酒瓶が一本。それをゾロが嬉々として回収し、瓶の蓋を開けた。きゅぽん、と空気の抜ける音が聞こえて漸く、麦わらの一味一同は互いに顔を見合わせた。
「……なんつーか、吹っ切れたな~~~……色々と」
「ま。漸く念願が叶ったんだ。心の余裕が出来たんじゃねぇのか?」
「あー。そういやアイツ、ウタに一歩引いてるところあったからなぁ……」
「でも今の様子だと、あんまり心配しなくても良さそうね?」
「違いねぇ! あいつも中々熱い男じゃねぇの!」
自然と円を描く様に集まれば、話題に上がるのはやはりローとウタについて。以前、サニー号で開かれた親睦会では曖昧な言葉と態度で聞いてる方をやきもきさせていたが、ローの中で大きな荷物が一つ片付いたからか、今まで我慢していたものが漸く表に顔を出したようだ。その事を単純に喜び、また揶揄いながらも、移動した先で二人がどんな話をしているのかを想像する。そちらの現場も見てみたいところだが、これ以上は野暮と言うものだろう。だから代わりに、この場から消えた二人の今後を祝してー! とウソップが音頭を取って、三人がそれに同調してジョッキを掲げる。ふとそこで、円の外で床に寝そべったまま、動かなくなった船長にゾロが気付いた。
「おいルフィ。どうした、ぶーたれた顔して」
「むーーー……」
声を掛けると、ルフィは口をキュッと閉じたまま、不満そうな顔で振り返った。しかし体は起こさず、その場でゴロゴロしているルフィに、他の皆もどうした? と視線を向ける。
「トラ男がウタの事、ちゃんと好きなんだなーってのは良かったんだけどよー。ウタと今までみたく話せなくなんのかなーって考えたら、なんかつまんねぇ」
ゾロの質問に対する答えだろう。それを口にすると、ルフィは再び口を閉ざしてしまった。顔を仲間たちから見えない方へと逸らす様子を見て、他の四人は視線を交わす。誰もが無言のまま立ち上がり、ルフィの元へと近づいて行った。
「よーしよしルフィ。お前は今、大人の階段を一歩上がったんだな~」
「ま。あんだけ大好きな幼馴染を取られちまったんだからなぁ」
「ちょっとだけ寂しくなっちゃったのね」
「ほらルフィ、俺の肉やるから元気出せ」
「んーーー」
ウソップとロビンが頭を撫で、フランキーが肩を叩き、ゾロが残っていた肉を口元へ寄せた。目の前にきた肉を頬張るルフィを、彼の船員たちは構い倒していく。翌朝には元気になっている事だろうが、今だけは甘やかしてやろうではないか。その気持ちが一致した麦わらの一味は、そのままルフィを囲んで朝まで過ごすのだった。