無題

無題

名無し


ここは世界一の音楽の国、エレジア。

この国の住民はみな、音楽を愛し、音楽とともに生きてきた。

そんなこの国に、1隻の船が泊まった。

マストに掲げられた黒地に骸骨のマーク、海賊船だ。


「海賊がこの国に何用か。ここには音楽以外に宝はありませんぞ」

上陸した海の男たちに声をかける一人の男。

「いや、なぁに。」

海賊の頭領らしき男が笑いながらこちらへ歩いてきた。

「おれたちは泣く子も笑うルンバー海賊団。ここの音楽を是非学ばせてほしい」


「先ほどは失礼した。海賊などめったに見ないものでつい警戒してしまった」

「いいさ、そんなこと。おれたちは無法者だからな」

ヨーキ、と名乗るこの男は特に気にした素振りも見せずに言う。

「無法者だが略奪しに来たわけじゃねぇ。さっきも言ったがこの国の音楽に興味がある。おれたちはいろんな国を旅していろんな音楽を学んでいるんだ」


「そういうわけなら分かった。わたしが案内しよう」

「そりゃありがたいが、いいのか?海賊なんて受け入れちまってよ」

「大丈夫だ。わたしが許可をする」

「あんた偉い人だったのか?」

「名乗りが遅れたな。わたしはゴードン。このエレジアの国王だ」


王城へ向かう道すがら、わたしはヨーキに声をかける。

「案内する代わりに条件があるんだ」

「条件?なんだそりゃ?」

ヨーキ以下ルンバー海賊団の面々の表情が若干険しさを帯びる。

「そう身構えないでくれ。きみたちがさまざまな国を巡って学んだ音楽を、ぜひ聞かせてほしいんだ」

「なんだそんなことか!」

ヨーキは安心したように破顔した。

「そんなの頼まれなくってもやってやるさ!」「なんなら今ここで演奏しようか?」

彼の部下たちも安心したようだ。

「いや、ここだと往来の迷惑になる。きちんとステージを用意するからそこで披露してほしい」


王城についたわたしたちはエレジアの誇るさまざまな施設を見て回った。

学校やスタジオ、寮や食堂に至るまで、音楽に関わるすべてを見せた。

「へぇーさすがだな。いろんな国を見てきたがここまで音楽に力を入れてる国は見たことねぇ」

ヨーキたちは案内した先々で頻りに感心した様子だ。

「わたしたちは音楽を愛し、音楽とともに生きてきた。それを認めてもらえて嬉しいよ」


案内が終わり、歓迎の宴を開くことになった。

豪勢な食事にたくさんの酒で、音楽を愛する同士を歓迎した。

普段は慎ましやかな食堂も、今日ばかりはどんちゃん騒ぎだ。

わたしもヨーキと大いに語らった。

今までに回った国の話、わたしたちの国の話。もちろん、音楽の話も。


一頻り語り合い、呑み交わし、頃合いとなったところで、わたしは部下に指示を出した。

「さて、ヨーキ。ここで歓迎の意を込めてわが国の音楽を披露しよう」

「おお、待ってたぜ!食いもんもいいが、やっぱりおれたちは音楽が一番のごちそうだ!」

「まったく待ちかねたぜ」「ああ、おれたちが勝手に演奏するのもあれだしな」

彼の部下たちもしびれを切らしていた様子だ。

「それは待たせてしまい申し訳ない。待たせてしまったが存分に楽しんでくれ」

演奏会の始まりだ。


演奏会のメニューは少年合唱団の合唱、ピアノリサイタル、オーケストラによるコンサートなどなど。

わが国にある音楽を一通り網羅した、普通の演奏会でも見られないごった煮な構成だ。

それでもルンバー海賊団の面々はみな楽しそうに歌を口ずさみ、リズムに体を揺らし、全身で音楽を堪能していた。

まったく、海賊でなければわたしの国にずっといてもらいたいくらい気のいい男たちだ。


出し物が終わると、彼らからの拍手喝采をもらい、そして返礼に歌を披露してもらうことになった。

「すまない。予定より時間が押してしまって君たちの出番を奪ってしまった」

「なぁに構わねぇ。なんせこの国にゃおれたちの知ってる音楽全部あったんだ。だからきっとお前らが知らねぇのはこの曲だけだ」

ヨーキが笑い、海賊団のメンバーも楽器を手に笑顔を浮かべる。

「それじゃあ聞いてくれ!おれたち海賊の歌!『ビンクスの酒』!!」


「…なんと素晴らしい歌だ」

「そうだろう?おれたちはうれしい時、楽しい時、苦しい時、どんなときにもこの歌を歌うんだ!」

「…ああ。活力に満ちた海賊らしい歌だ。生きる気力があふれてくるようだ」

「そのとおり!この曲がなけりゃ海賊やってなかったかもなぁ!」

わたしはヨーキと笑いあう。

こうして宴はお開きに、ならなかった─


「なんだこの楽譜?」

ヨーキの部下が声を上げた。

「おい、どうした?」

ヨーキが部下に尋ねる。

「いやそれが、やたら古い楽譜がここに…」

「楽譜だぁ?」

古い楽譜。そう聞いて、わたしの鼓動が早くなる。

「待ってくれ!その楽譜を見せてくれ!」

慌てて彼のもとへ走り寄り、ひったくるように楽譜を手に取る。

「こ、これは…まさか…」

「お、おいゴードン。こいつが何か知ってんのか?」

青ざめたわたしを気遣うようにヨーキが声をかけてくる。

「この曲は、『トットムジカ』。『触れてはならないモノ』とも呼ばれている」


「『触れてはならないモノ』ねぇ…。確かに不穏な感じがするが、いい曲じゃねぇか」

「この曲をとある悪魔の実の能力者が奏でるとこの世に災厄が生まれると言われているんだ…」

「悪魔の実?いったい何の実だ?」

「“ウタウタの実”と呼ばれる実らしい」

「それなら大丈夫だ。うちにも能力者がいるが、能力がないのと一緒だ」

「能力がない…?それはどういう…」

「わたしのことです!」

背後からかけられた声に思わず振り返る。そこにいたのは…アフロ?

「ヨホホ!わたしはブルック!“ヨミヨミの実”を食べた“黄泉帰り人間”!ただ一度死なないと能力が使えないため今はただのカナヅチでございます!」

「そういうことだ。だから少し楽譜見せてもらえねぇか?」

初めて見た能力者にわたしは呆然としつつもヨーキに楽譜を手渡した。


「…なるほどな。ブルック、おまえ、これどう思う?」

「…そうですねぇ。船長の感じた嫌な感じ、これはなんというか寂しがってるような気がしますねぇ」

「「寂しがってる?」」

わたしとヨーキの声が被る。

「ええ、そうです。なんせこの楽譜、こんなに古い紙なのにこんなに綺麗です。誰にも手に取ってもらえなかったのか、あるいは見つけてもらえなかったのか…触れてはならないという言い伝えのせいかもしれませんが、この曲にはこの音楽の国にあって誰にも演奏されないという憂き目に遭っているんです」

「そりゃぁ、きついな」

「…ええ、その通りです。この曲ができて相当長い時間が経っているというのに、誰にも奏でられず独りぼっち…これほどの苦しみがあるでしょうか」

「…ねぇな。…なあ、ゴードン」

「…どうした?ヨーキ」

わたしはこの後にヨーキが言う言葉をわかっていたが、態ととぼけたふりをした。

「…この曲、演奏させちゃくれないか?」


「…わかっているのか?いかに悪魔の実の能力者がいないとしても、何が起きるかわからないモノをおいそれと許可できるわけがないだろう!」

わたしははじけるようにヨーキに食って掛かった。

「わたしはこの国の国王だ!国民に危害が及ぶ可能性のあるものを排除する責務がある!!」

「そりゃあ分かるがよぉ。音楽に罪はないだろう?」

ヨーキが説得してくるが、わたしは聞く耳を持たない。

そして、一日限りのこの友人たちに、告げる。

「即刻、この国から出て行ってもらう。出国の用意を。さあ、楽譜をこちらに」

ヨーキに手を差し出し、楽譜を渡すよう促す。

「…そうか。なら仕方ねぇ。俺たちは海賊だ。欲しいものは力づくで奪うまでだ」

ヨーキたちのまとう雰囲気が、変わった。


一触即発。まさにそんな空気の中、ヨーキたちは─

「じゃあおまえら、逃げるぞ!全員港まで走れ!!」

─脇目も降らずに逃走を選んだ。

「「「…は?」」」

わたしを含む部下たち全員が呆気にとられる。

「…何が『欲しいものは力づくで奪うまでだ』だ。あいつらは何も…」

そこで、はたと気づいた。楽譜だ。

「衛兵!総員、港へ向かえ!楽譜を取り戻せ!」


わたしは兵を伴い港に向かった。武器の準備に手間取り時間を食った。

彼らは何があってもすぐに動けるように準備をしていた。非常時の行動までしっかり考えていることに感心した。

「間に合えばいいが…」

悔いても仕方ない。ひとまず港へ向かわねば。


港に着いたわたしたちの目の前には、ひたすらに海が広がっていた。

「間に合わなかったか…」

誰もいない海を前に、わたしはガックリと膝をついた。

あの楽譜がもたらす災厄が外の海に出てしまった。きっと多くの命が奪われるだろう。そのすべてはわたしの許されざる罪だ。

「わたしのせいで─」

「陛下、海上で明かりが!」

項垂れるわたしに、衛兵の一人が声をかける。

顔を上げ、衛兵の指さす方を見ると、彼らの海賊船が明かりを灯していた。

「なにかするつもりなのか?」

訝しむわたしたちの方へ明滅した光が届けられる。なにかのメッセージだろうか。

「彼らはなんと?」

衛兵に尋ねる。

「ええと…。『歓待ありがとう。そしてこんな別れになってしまうことを申し訳なく思う。』と…」

違う。あれは私が悪いのだ。ヨーキが何を言うのかわかっていたのに、あえて口に出させたのだ。そしてわたしが癇癪を起こした。彼らに罪はない。

「陛下、『最後にこの楽譜の演奏をもってお別れとしよう。経緯はどうあれ、音楽に罪はないはずだ。音楽を愛する国の国王として、この曲を聴いておくべきではないか?』と…」

確かにそうだ。確かに譜面を追うだけでどういう曲なのかはわかる。その素晴らしさも。

だが─

「『おれたちは海賊だ。だから何があっても自分たちの実は自分たちで守る。そしてカタギには迷惑かけねぇ。それに…』」

「…おれたちのダチの国だ。何があっても守ってみせるさ」

ヨーキが言葉を伝令役に託し、船員を甲板に集める。

「野郎ども!楽譜は覚えたな!?」

「「「おう!!!」」」

「よっしゃぁ!そんじゃあ泣く子も笑うルンバー海賊団!ダチの国と湿っぽい別れなんて絶対にさせねぇ!この曲で笑顔のままサヨナラしようぜ!!!」

「「「おう!!!」」」


彼らの演奏が海風に乗って港に届く。ああ、やはり素晴らしい曲だ。聴くのは初めてだが、胸にこみあげるものがある。

しかし、やはり距離が遠い。細部まで聴こえない。こんなに素晴らしい曲を、こんな半端な状態で聴かねばならないとは…。ゴードンはもどかしくなった。

「…陛下。許可をいただきたい。」

「…許可?」

「ええ。彼らの演奏に、伴奏するくらいならなんとかセーフなんじゃないかな、と…」

見れば、兵士たちはいつの間にか剣から楽器に獲物を換えていた。

「…準備に手間取ったのは、これが理由だったのか」

「…音楽の国から出国するのに見送りの音楽がないんじゃエレジアの名折れじゃないですか」

「…こっちを見てから言え」

衛兵はあくまで白を切るつもりだ。だが気が楽になった。

「…わたしを友と呼んでくれたからな。喧嘩別れをしては寝覚めが悪いからな」

不意に口をつく言い訳めいた言葉。自分で発したその言葉に笑ってしまう。

「…さぁ、音楽の国エレジア!友の門出に、われらの音楽で餞別を贈ろうぞ!!」

「「はっ!!」」


海を隔てて鳴り響く音楽。何事かと港に集まる国民の目に広がるのは、われらが国王率いる衛兵の音楽隊と、遥か洋上でまるで天からピンスポットを浴びるかのように輝く一隻の海賊船。

彼方から聴こえる主旋律に、此方から地を震わすような副旋律。これまで一度も聞いたことのないハーモニーに誰もが酔いしれる。

ゴードンは演奏を指揮しながら、ヨーキと繋がっている錯覚を覚えた。

ヨーキも同じだったようで、心の中で会話する。

悪かったな。いやこちらこそ。いい曲だな。君のおかげで聴くことができたよ。とりとめもない会話。出会ってからたった一日も経っていないのに、二人は多くの苦楽を共にした友のように語り合った。

…また、会えるか?…生きてりゃ、きっと。今度はもっと盛大に歓迎してみせる。ああ、そりゃ楽しみだ。


誰もがこの曲が永遠に続くことを望んだが、やがて終焉が訪れる。

誰もが名残惜しそうに最後の音を噛みしめ、どこからともなく歓声と拍手が湧き上がる。

国王も海賊も、兵士も平民も、ここに集う者はみな、音楽の下、一つになった。

楽しい、うれしい、そんな感情で皆の心が包まれた。


そんな拍手と歓声を、洋上で聴くルンバー海賊団の面々。

「最後にいい演奏ができて良かったぜ!」「まったくだ」「この曲もおれたちのレパートリーに加えようぜ!」

船員も口々に感想を漏らしている。

ヨーキも最高の友ができたこと、また、誰も知らなかった曲を演奏できたことに、達成感を覚えていた。

「船長、楽譜なんですが…」

そんな喜びをかみしめているヨーキにブルックが声をかける。

「んぁ?楽譜がどうしたって?」

「はい。楽譜の嫌な感じがなくなってるんです」

そう言って手渡された楽譜を見ると、たしかに初めに感じた不穏な気配が消え、どこか楽し気な気配になっている。

「…たしかに気配が変わってやがる。いったい何があったってんだ?」

「音楽の力でしょうか。海賊も国家もみな平等に音楽を愛する気持ちが起こした奇跡、とかだとロマンチックですねぇ」

ブルックがクサいセリフをはいている中、楽譜が淡い光を放ちながら気配が薄らいでいった。

「…!?おいこりゃどういうことだ!?」

「わかりません!もしかして還るべき場所へ帰ろうとしているのかも…」

「そんなことがあんのかよ!」

「わたしも知りませんよ!でも気配のこともありますしこの楽譜には意思が宿っているのかもしれません!」

「まあいいや!おい、野郎ども!錨を上げろ!!」

「「おお!!」」

「これよりグランドラインに入る!そして世界を一周してまたこの国に来ようぜ!!」

「「「おお!!!」」」

「よぉし、出航!!!」

そうこうしているうちに楽譜は淡い光とともに空に消えていった。


ヨーキたちが船を進めようとしていた頃、ゴードンも一人歓喜に打ち震えていた。

誰も聴いたことがなかった曲を聴けた、演奏できた。それは、音楽の国においてこの上ない喜びなのだ。

この機会をくれた友、ヨーキには感謝をしてもしきれない。彼らのために何ができるだろう。

彼らはもうここを発つ。だがきっと彼らは必ず帰ってくる。ならばその時に盛大に出迎えてやろう。

ひとまず今は。彼らを送り出そう。『海賊の歌』で。


ゴードンが指揮し、衛兵が奏で、国民が歌う。 

─おれたちはうれしい時、楽しい時、苦しい時、どんなときにもこの歌を歌うんだ!─

ヨーキがそう言っていた。それならば、きっと別れの時にも歌うだろう。

友との別れに、悲しみはいらない。今はただ、この歌だけ。それだけでいい。

気づけばもう、彼らの船はもう見えなくなっていた。彼らに届いただろうか。いや、きっと届いたに違いない。

わたし達は、音楽で繋がった友“仲間”なのだから─



ここは音楽の国、エレジア。

世界一の音楽の都として名を馳せるこの国で今日、一人の少女のライブが行われる。

身分も、性別も、善人も、悪人も。その誰しもを等しく愛し、また愛される『歌姫』。

『みんな、お待たせ!ウタだよ!』

湧き上がる歓声に、舞台袖で観ていたわたしはかつての景色を思い出す。

涙を浮かべながら観客席を見渡すと、懐かしいものが目に入った。

「…そうか、帰ってきてくれたんだな」

友に関する情報は集めていた。だが絶望的な情報しか集まらず、諦めていたのだが。彼の能力は、どうやら本物だったらしい。

予定されていたセットリストをすべて歌い上げ、歓声の中舞台袖に戻ってくるウタに声をかける。

「アンコールの曲、予定にはなかったが、この曲をぜひ歌ってほしい。歌ってくれないか?」

「いいけど、演奏どうするの?アカペラ?」

「大丈夫。わたし達はかつてこの曲を演奏したことがある」

「えっ聞いてない」

「あとで話をしよう。わたしの友との話だ」


『アンコールありがとう!みんなのもっと聞きたい!って気持ち、すっごい感じる!だからもっと歌っちゃうよぉ!!』

ウタの煽りに沸く観客。そんな中わたしもステージに登った。

『じゃあアンコール1曲目!ほんとは予定になかったんだけどどうしてもって言われて歌うよ!』

「…そんなことは言わなくていい」

『あはは、余計なこと言うなーって言われちゃった。じゃあ行くよ!知ってる人は一緒に歌ってね!』

友との思い出を胸に、再会の喜びを表すために、わたしはピアノの鍵盤に手をかけた。

『聴いてください!『ビンクスの酒』!!!』


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