恋愛的な意味ではなく親愛的な意味でクソデカ深重感情を抱えるローに地の文でポエム読ませたかっただけの謎時空怪文書
唐突にはじまって突然おわるぞ
海賊とは波打つ海の上に船を浮かべて生きる難儀な生き物であるが、それでも気まぐれに陸に降りて休息をとることはある。ローもまた人生の大半を海の上で、或いは中で生きてきたが、寄り付いた港で一息つくのは嫌いではない。常に気を張る船員たちの肩から力を抜くのにこれ以上のことはないし、たまに日の光を浴びて手足を伸ばすのは健康状態の維持にも必要不可欠だ。
そう思っていたところに元同盟相手から無駄に元気のよい声の電伝虫が入るなら、上陸のタイミングを合わせることに何の問題もないだろう。必要のない名乗りをあげる第一声に笑ってうるせェと返して、待ち合わせの日時と場所を決めたのが二日前。曰く「デート」だが、ローにとっては断じてそのような甘ったるいものではない。ただ当てもなく見知らぬ街を歩くとき、片手に自分より高い誰かの体温があるのは存外居心地がよかった、それだけのことである。
「で、なんだろこれ。貰っちゃったけど」
「さァな。なにか示してるんだろうが生憎新世界の文化は馴染みがねェ」
そういう訳で上陸した島はなんぞや祭りの真っ最中だった。祭、宴と楽しそうな響きを聞くとじっとしていられないのがルフィという女であったため、早々にあちらこちらと引っ張りまわされた。大半は飯の出店だったが、ルフィほど幸せそうに何かを食う女もいないのだから、それを眺めるのはローもまた吝かではない。
その過程で島民とおぼしき人間から笑顔で渡されたものこそ、現在二人の手の中にある赤いミサンガだ。籠に入れて大量に配っていたから、恐らくは祭りに関するものだろうことは察せられる。それでも島々には現地の人間にしか分からぬ独特の文化・風習があるわけで、さしものローもそれは分からない。二人して並んで木陰のベンチに腰を落ち着けて、つまみあげた指先にぷらんと揺れる赤を検分する。
「ここの奴らを見るに足首につけるもんらしい」
「そういえばみんな付けてるね」
「一応調べたが材質はただの刺繍糸だ。お前もつけてェなら結んでやるが」
「んや、いいよ。こういうの絶対知らない間に千切っちゃうし」
「まあ二日ともたねェな」
ルフィがお気に入りの物は長く大切に使う気質であることは、頭の後ろに下がる年季の入った麦わら帽子を見れば明白である。だがそれはそれとして自らの力のコントロールはどうにも雑で、特に戦闘のさなかともなれば人智を越えた力を惜しみなく揮う。故に装飾品の類はあまり付けない。ローが覚えている限りではヒューマンショップでの初対面時に左腕につけていた見慣れぬ装飾品くらいだが、それも頂上戦争で瀕死の体を回収した際には既に無くなっていた。
「ピアスなら失くすことも壊すこともそう無いんじゃねェのか」
「痛そうだからヤダ」
「いつももっと痛い目にあってるだろ」
「戦ってる時はいーの!」
にこにこと笑いながらそんなことを言う首には大判のガーゼが、交互に揺らす足の片膝には包帯が、それぞれ覗いている。また何かしらでこさえてきたのだろう。今度は何のために戦ったんだかと、常に何かの為に拳を握る姿を想っては説明のつかぬ切なさを覚えた。あらゆる意味で言えた義理ではない言葉が喉元までせり上がって、それを呑み下す。傷ついてほしくないと思うのはローのエゴだ。
「ようお若いご両人、そいつァつけなきゃ意味がねェぞ」
突然かけられた声に顔を向ければ、島民らしき人のよさそうな中年の男が機嫌よく声をかけてきていた。酒が入っているのか頬がうっすらと赤い。相手がそれなりに値のつくお尋ね者だと気づけば酔いも醒めようが、今のところは一切気づく様子はない。
「そいつってのはこれか」
「そうそれよ。交換したんだろ?だったらとっとと足につけなきゃな」
「? 誰かと取り換えっこするもんなの?」
「悪いがよそ者なんだ。どういうものなのかすら分かってねェ」
男はおっとそうだったかと得心して、ならば説明してやろうとうんうん頷いた。とかく年少の者に何かを教えることに喜びを見出す人間というのはどこにでもいるもので、ローのかつての故郷にもいた。近所で魚屋を営む旦那で、道端の子どもをつかまえては雑学を披露するのが趣味だった。自他共に認めるクソガキだったローは脛を蹴り飛ばして逃げていたが、あまり素行のよい行為ではなかったと今ならば思う。もっと聞いてやっても良かったかもな、とも。
「この島にはな、赤い糸を結ぶ神様がいるんだ」
「神様?」
「そうさ。生まれてくるとき運命の相手の足首同士を赤い糸でつなぐ神様でな、その糸でつながった二人ってのは必ず出会い結ばれるんだ。ロマンチックだろ?」
「ロマンね……」
なんとなく渋い顔をしてしまったのは神というものに過去の救わざる神の記憶があるからか、或いは隣でへーなんて気の抜けた声を出す女の中に実際神がいるのを知っているからか。なんにせよ海賊に語るロマンにしてはささやか過ぎる。
「ならこのミサンガはその運命の糸とやらの代わりってことか」
「おうとも。既にパートナーがいる奴は交換してその相手が生涯の運命であることを祈るし、独り身はこれから出会う相手がよき運命たらんことを願う。思いを伝えたい相手がいる場合には『僕の運命は貴方です』なんてミサンガを渡して告白するのもアリだ。まあこれはおれが二十年前の祭りでカミさんにしたプロポーズなんだがな?いい言葉だろ。真似してもいいぞ」
「要らん」
「冷てェな!」
快活に笑った男はまるく脂肪を蓄えた腹をぽんと叩き、よい縁を!と言って去っていった。思い返してみれば、このミサンガを配っていた島民も同じことを言っていた。この島、この祭り特有の挨拶のようなものなのだろう。
ルフィはといえば、人差し指の先でミサンガをくるくると器用に回しながら、口をへの字にひん曲げていた。さて何がそのような表情をさせたものか、なにせこのルフィという女は時折想像もつかぬようなことを考えているから、日々を共に過ごす一味とて常に振り回されている。ローも最近はそれなりに察するようになったが、それでもまだその思考形態の大半が謎に包まれていて、話すほど秘境でも散策しているような気持ちにさせられる。数歩を歩くたび新しい発見があるのだ。
「縁結びの一種だな。いや、大衆化してる辺りは聖バレンタインが近いのか」
「うーん、よくわかんないや」
「こういうのは苦手か?」
それとなく問えば、ううむと腕を組んで考え込んで見せた。
「苦手って訳じゃないけど。でも生まれたときから足がどっかの誰かと縛られてるなんて動きにくいし自由じゃないから嫌だ」
「乙女らしさの欠片もねェ麦わら屋らしい考えだな」
「なんかバカにされてるのは分かる」
「褒めてんだよ」
むくれる横顔に笑って、丸みを帯びた黒い後頭部をわしゃりと撫でてやる。見た目よりも柔らかい髪質をしていると知ったのはいつのことだったか、もう随分と前のことのように思えるのが不思議だった。
ローは、運命というものはそれほど悪いものだとは思わない。あるかないかで言えばあるだろう、というのが個人的な見解だ。それこそ、あのヒューマンショップでモンキー・D・ルフィという女に出会ったことは運命だったのではないかと今だって思っている。たとえ相手にとっては後ろのベポしか明確な記憶になかったとしてもだ。
それで言うならば同じDを背負っていたことも、何かにいざなわれるようにして文字通りの頂上だったあの戦争に足を踏み入れてしまったことも、或いはパンクハザードに死を覚悟して降り立ったローの前に二年前の絶望を欠片も見せない笑顔で現れたことも、偶然と呼んで終わらせるには過分なできごとであるように思える。もしも人の誰しもが生まれたときから運命の相手をもって生まれてくるというならば、ローにとっての運命は間違いなく隣の女だ。そこはどのような他人にも、自分自身にすら否定させるつもりのない事実だった。
だがルフィにとってはどうだろうか。運命という言葉はどのように聞こえているのだろう。ローとはどのような存在としてあるのだろう。周囲を惹きつけてやまない太陽の如きカリスマは、時として魔性となり他者を歪ませる。そうして生きてきたこの小さな体には、多くの人間の運命が絡みついて雁字搦めになっている。ローの運命などというものは所詮その中の一本に過ぎないのだった。
だから思う。Dを持って生まれ、神の果実を喰らい、魔性を宿しながら自由を生きるこの女の運命はどこへつながっているのだろうかと。もしもルフィにもたった一人の運命がいるとするならば、一体どこのどのような人物なのだろうか。
「トラ男!」
呼びかけられて我にかえれば、いつの間にベンチから腰をあげたらしいルフィが目の前に立っていた。涼やかな木陰から出て、燦々と降り注ぐ日の光の下に立つ姿は眩しい。純度の高い石のように硬質な色彩をもつ黒い瞳がきゅうと細まって、見るものを幸福にする満開の笑顔が顔を出す。
「そろそろ行こ!休憩終わり!」
こちらへまっすぐ差し出された手には、もうミサンガの影も形もなかった。見れば先ほどまで腰かけていたベンチの板目に、興味をなくしたように置き去りにされていた。思わず笑ってしまう。どうやら赤い糸に紡がれた運命は、ルフィのお気に入りにはなれなかったらしい。ここへ置いていく、そういうことだ。
ローもまたミサンガをベンチに置いて立ち上がった。ルフィのそれと重ねるでもなく、むしろ触れあいすらしない位置においたのはある種の意思表示のようなものである。空になった手で差し出された手を取って、強く握る。年嵩の男に掴まれたってびくともしない手は華奢な体躯に見合わず大きく、ところどころ過去の傷によって厚く盛り上がる皮膚の感触があった。そのまま指同士を絡めれば、互いの古傷の凹凸が具合よく噛み合って、神が結ぶ目に見えぬ糸とやらよりも余程に強固なつながりであるように感じられた。
「ししし、今日のトラ男は好きな人同士がやる結び方だ」
「違う。目離すとすぐどっか行きやがるアホをどこにも行かせない結び方だ」
「どこにも行かないよ」
「どうだかな」
「あ、そういえばさっきさ、私に苦手かって聞いたけど、トラ男は好きなの?」
「バカ言え、おれは『糸』は嫌いだ。神ってのが紡ぐなら尚更な」
「ミンゴがまたしょんぼりするよ」
「させとけ」
手なんて握り合ったところで、どちらかが離そうと思えば容易く離れる。その脆さは生来持つ運命とは比ぶるべくもないだろう。だが元よりローがルフィとこうして共に歩く理由は、先に述べた通りただこの手の温かさに言葉にならぬ心地の良さを覚えたからである。
それ以上でも以下でもなくて、そしてそれでいいのだと、そんなことを思うのだった。
「おれの運命は確かにお前だがお前の運命はおれではない」って思ってるローが好きだという話をしようとしたんだけどこんな長々書いても伝えきれないこの思い
運命を置き去りにしていつでも離せる手を互いに離さず歩いて行くことに意味を見出したい