無題
頬を捕まえて来る手が少し冷えて感じる。蓬の手も熱くなってるのに、私の顔がそれ以上に熱くなってるせいだ。そんな、現実逃避気味な思考が頭の中を走る。じっとこちらを見つめながら近づいてくる蓬の顔を直視できなくて、ぎゅっと目を瞑った。
あんな顔知らない。こんな情動知らない。琥珀色の少し潤んだ瞳から、鋭い、熱い視線が向けられてて。普段の情動は優しく包み込むみたいなのに、今はなんだか肌がジリジリするみたいな感覚がして。口の中も、今まで食べた事のない様な強い味で満たされてて。
もしかして、これが性欲とかなのかな。私の事を、いつもよりもずっと強く欲しがるような、荒々しい情動。
という事は、今、蓬は。私の事を、ひとりの『女』として求めてるわけで────
「んっ…………!」
唇が、食べられた。
触れるだけのキスとは違って、少し開いた蓬の口が、私の口を覆うみたいに、塞ぐみたいに、封じ込められる。
口が焼けそう。いや、蕩けそう?熱と一緒に伝わってくる情動が、とにかく強くて激しかった。
不意に、柔らかく濡れた様な感触。
「ふぁっ……!?」
蓬の舌が私の触れたんだと気づいて、小さく悲鳴をあげる。その拍子に、私は無防備に口を開けてしまって。
その隙を突くみたいに、蓬の舌が入って来た。
くちゅ。
「──────ッッ!?」
生々しい水音がいやにはっきり耳に届くと同時に、言葉にできない感触を舌に感じて、心臓が飛び跳ねた。お互いの舌が、触れ合っている。
「ふぁ、ぁ、ぅっ、んんっ……!」
恋心。愛情。情欲。喜び。色んな情動が混ざって、とっても濃い味が、舌に触れている。今までに無いくらい昂りきった蓬の心が、強く、強く、絶え間なく。口の中に溢れてくる。
それも、今までみたいにただ抱き合って受け取るんじゃなく。味覚を感じる場所に、直接注ぎ込まれてる。
「んぇ……あ、んぅ、ぅぅぅ……!」
そこに、舌が擦れ合う感触も一緒くたになって伝わって来てしまう。生まれて初めて感じる不思議なそれが、どこか心地よいものだと感じた途端、もう止まらなくなって。もう、気持ち良いとしか考えられなくなってしまう。
「んっ……んぅ」
「ふ、んぅ、っ……!!」
にゅる、といやらしい感覚を残しながら、舌がさらに深く入ってくる。触れ合う面がさらに増えて、二重に私の舌を犯してくる感覚がさらに強くなる。
「う、うぅぅ……!」
なんかもう、溺れちゃいそうだった。愛されて、求められてるのが、嬉しくて嬉しくて、どうしようもなく嬉しくて、幸せでたまらない。
蓬は、それっきり動かなくなった。ただ舌を触れ合わせたままで、じっとしていた。
けど、私にはそれで十分すぎた。気持ち良くてしょうがなくて、何故か涙まで出ててしまう。身体が何もかもおかしくなってる。おかしくされてる。蓬に。大好きな人に。
「んっ、ぅ、ん、ぅぅ、ぅぅぅ……!!」
口の中がもうどろどろにとけたみたいで。胸が苦しくて。なのに何だかすごく気持ちよくて、もうたまんなくて。頭がくらくらして、首とか背中がぞわぞわして。身体がびくびく震えて、それで、それで────
「────きゅぅ」
「ふ、ぁ……あ、あれ、ゆめ……?」
私の記憶は、ここで一旦途切れている。
色々とキャパオーバーでオーバーヒートを起こした私が、どうやら気を失ってしまったらしいと知ったのは、ちょっと申し訳なさそうな顔をした蓬の膝の上で目が覚めた後だった。