無題

無題


「ねー、拳西まだ復帰しないのー?」

「副隊長……ええ、そうですよ。まだ修兵くんが目覚めていないですから」

「むー……。早く良くなるといいのになあ。拳西湿っぽいの嫌だし」

隊室の長椅子にごろりと転がった久南に苦笑しつつ、衛島は報告書に筆を走らせる。霊術院実習で起きた巨大虚の襲撃についてのものだった。

目の前の席に座る東仙とそっと視線を合わせ、筆を置いて窓の外に目をやる。

あの日から二日。拳西は未だ目覚めない修兵に付きっきりだった。


◆◆◆


横たわって眠る修兵の布団の上に投げ出された手を握り、拳西は深く溜息を吐いた。四番隊員によって粗方の治療を終えてなお、右目に巻かれた包帯は取れていない。段階的な治癒の中で出た熱が回復を妨げている、と先程受けた説明を静かに反芻した。

「修兵、」

名を呼んでも返ってくる返事はない。ふ、ふ、と浅い熱の篭った呼吸を繰り返す養い子の姿はあまりにも苦しそうだった。ずっと昔、彼を引き取ったばかりの頃によくこうして熱を出したその傍らにいてやったことを思い出す。あの時よりずっと成長した修兵は、それでも拳西の中では稚い子供のままだ。

「恐らく傷は残ります。視神経は十二番隊にも協力頂いて修復しますが……」

修兵の診察にあたった四番隊員の言葉を思い返し、またひとつ息を吐く。守ってきたつもりだった。持てるものを全て使って、健やかに育って欲しいと思ってきた。院に入ることを許してしまったからか。それともあの時、怪我をする前に助けに行けなかったからか。辛い思いをさせたのは己の罪、拳西はそう思っていた。

ぐ、と繋いだ手に力を込めると、不意に空気が震える。浅い呼吸がほんの少しだけゆっくりになって、閉ざされていた瞼が揺れた。

「ぁ……、拳西、さん……」

「っ、修兵!」

「ここ……家……?なんで……ああ、そっか俺……」

目を覚ました修兵は少しずつ状況を飲み込んだような顔になっていき、躊躇いがちに口を開いた。

「拳西さん……青鹿と蟹沢は……」

「……、男子の方は生きてる。重傷だけどな。女子の方は………」

「……そう、ですか……」

そこで修兵は口を引き結ぶ。細い目が潤んで、けれど涙は零れなかった。堪えるように飲み込んで、呼吸を震わせながら修兵は縋るように拳西の手を握る。

(ああ、やっぱり)

その手を握り返してやりながら慰めの言葉を探して、無駄な事だと小さく舌を打つ。どんな言葉も、今の修兵には届かない。

死神になることを許すのではなかった。悲しみも痛みも危険もこれ以上知らせないまま、手元で守っていてやれば良かった。

そんな後悔を抱えて、拳西はずっと、養い子の手を握ってやっていた。



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