無題
「ゲホッゲホッ!おのれ!あと少し…あと少しだったというのにぃ!」
「諦めなさい。袋の鼠よ、アナタ。」
「大人しく捕まった方が身の為だと思うよぉ〜?」
ゲヘナ郊外にある廃墟地下の一室。
噎せながら叫んでいる者はブラックマーケットにおいても疎まれていた人攫いだ。
相対する人影は二つ。便利屋68の浅黄ムツキと、陸八魔アルの二人だ。
かれこれ半日は繰り広げられていた逃走劇は漸くその幕を閉じようとしていた。
「アルちゃん!コイツの報酬は期待していいよっ!」
「へ、へぇ…そうなの。」
報酬の話を耳にしたアルは何とかそのポーカーフェイスを保とうとする。
しかし口角は微妙に上がっており、ムツキは内心で笑っていた。
そして、更に動揺させようと口を開く。
「うん!今の事務所をビルごと買えちゃう額なの!」
「えぇっ!?…ん、んんっ!…そう、なの…。」
ポーカーフェイスは何処に消えたか、白目を向いて百面相をするアル。
今更しても何の意味も無い咳払いを見て、ムツキは笑いを堪えるのに必死だった。
だが、それにより生まれた油断がいけなかった。
「まあいい、後はキヴォトスの外に運び出したガキ共で稼ぎは十分だ!」
「!」
「…もう外に出してたのね、通りで見つからない訳だわ。」
アルは義憤に狩られてライフルを向ける。
しかし人攫いの方が一手早かった。
「あばよ!」
人攫いの背にあった壁は、隠し扉だった。
扉の向こうにその姿を消すと同時に、辺りに轟いたのは爆発音。
そう、人攫いは二人を生き埋めにするためにここに誘い出したのだった。
「まずっ…!」
ムツキは隠し扉に駆け寄るも、堅く閉ざされ開けることは出来ない。
アルにそのことを伝えようと振り向いたその瞬間だった。
「がぁっ…!?」
「ムツキッ!?」
ムツキの足元が盛大に爆発し、一人で歩けないほどの大怪我を負ってしまった。
脱出が急がれる状況で、この怪我は致命的だった。
「アル…ちゃん…」
「…ここから出るわよ、ほら!」
ムツキに肩を貸し、歩き出すアル。
ふらふら、よたよたと崩落する廃墟から必死で逃げる。
「…!」
「出…が見え…!あ…う少しよ!」
朦朧とする意識の中、アルの励ましの声が聞こえる。
目の前には外の光が見えていた。ああ、良かった。これでもう大丈夫。
だが突如、これまでに聞いたことの無い轟音が鳴り響いた。
「あ…れ…?」
ムツキは浮遊感を感じる。これまでの経験から推察するに、投げ飛ばされた様だ。
そんな事を考えていると、アルの安堵する顔が見えた。
どうしてアルは、まだ廃墟の中にいるのだろうか。
何か大きな塊が降ってきている。
その大きな塊で、アルの姿が見えなくなった。
思考を必死に巡らせるムツキの意識を、轟音が奪い去った。
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「……ぁ」
目が覚めると、そこには透き通るような青空があった。
「っ…!アルちゃん…!?」
全身に激痛が走っているが、今はそんなことは関係無い。
あの状況から、アルは無事に脱出出来たのだろうか。
慌てて立ち上がって辺りを見渡すが、アルの姿は無い。
「アルちゃん…!どこ…!?」
心配がムツキの心を満たしていた。
だが───
「アル…ちゃ…」
その心配は現実のものとなる。
「ぁ…ムツキ…よかった…」
「あ…ああ…あああああぁぁぁぁぁ!?!?」
アルは、腹から下を瓦礫に完全に押し潰されていた。
「今ね…とっても…ふわふわしてるの…」
「アルちゃんっ!!、しっかりして…!!!」
「ううん…これはもう、ダメだわ…何となくわかるの…」
アルは恐慌状態のムツキの頬に手を当て、静かに語りかける。
「いい…?ムツキ…よく…聞いて…」
「便利屋は…好きになさい…貴女に、任、せるわ…」
「二人、には…”ごめん”って…伝えておいて…」
「今、救急車を呼ぶから!それまで耐えてよアルちゃんっ…!!!」
ボロボロと涙を零し、叫ぶムツキ。
だが、アルの顔からはみるみるうちに血の気が引いていく。
そして、遂にその時が来た。
「ムツキ…貴、女との…日々は…本当に…楽し、かったわ…」
「ふ、ふっ…。ねぇ…私…格好いい…アウトロー、に…なれてたかしら…?」
「う”んっ…!アルちゃんは…最高のアウトローだよ…!」
「よ………かった………………」
「だから、これからも一緒に…!」
「ぇ………?アルちゃん…?アルちゃんっ!?!?!?」
アルの手が、地面に落ちた。
「アルちゃあああああああああああん!?!?!?」
ムツキの嘆きは、荒廃した廃墟の空高く、残響していた。