無題

無題


「40点以下だったやつは赤点だからなー。あとで先生ンとこに夏休みの補習の時間割を取りに来るように。サボんなよ-」

志島カワキは欠伸をしながら窓の外の流れる雲を見ていた。初夏の空は青く澄んで、まるで絹のように美しく光るのである。カワキにとって教師の言葉は右から左へと通り過ぎて行くのが常なので、彼女は「へえ、補修なんてあるんだ」「まあサボればいいか」とだけ考えて今日の酒と肴に思いを馳せる。

教師が出て行ってチャイムが鳴った教室はにわかに騒がしくなり、夏休みの予定に関する話題で持ち切りだ。カワキの周囲も例外ではなく、一護を初めとした友人たちが今年の夏について話している。

「夏休みか。お前ら予定あんのか?」

「私はバイト!」

「実家に帰るよ。長期休暇はできるだけ帰ってこいって言われてるんだ」

「じゃあドイツまで行くんだね、海外旅行だ」

うん、と頷くだけで返事をする。

口頭での報告をする必要があると(主にハッシュヴァルトが)うるさいのと武器の補充をする必要があるので、カワキは見えざる帝国に里帰りすることになっていた。帰ったら(主にハッシュヴァルトに)説教されるのが目に見えているのであまり気は進まないが、これも仕事の内である。文句は心の中にだけ留めておく。

話題が海だの夏祭りだのに移っていくのを聞きながら、カワキはひっそりと溜息を吐いた。

すでに彼女の頭の中に、補修のことは残っていなかった。

 

「カワキ。なんだこの成績は」

見えざる帝国にて、案の定カワキはハッシュヴァルトに見下ろされながら説教を受けていた。

成績表など現世の住まいに仕舞っておいたはずなのに、なぜこの男は知っているのだろう。その疑問を口にするより早く、彼は「先に学校側に連絡しておいた」と言う。全く周到な男である。うんざりした表情で横の柱を見ると、ハッシュヴァルトはその鋭利な美貌を憂いに顰めた。

「学生の本分は勉強だろう」

「私の本分は一護の護衛と監視だよ」

「補修で時間が潰されればその分離れることになるが」

「補修……?サボればいいのでは……?」

「お前……」

頭が痛い、と額を抑えるハッシュヴァルトに、カワキは全く悪びれずに首を傾げる。

「進級できなかったらどうするんだ」

「最悪学校を脅せばいいと思う」

「お前……」

最悪である。二の句が継げない。

「まあ心配いらないよ、なんとしてでも任務は成功させる。私が信用ならないのは分かるけどね」

話は終わりとばかりに背を向ける。引き留めようとするのを「そういえば、夏休み中に海水浴に行くことになったから水着買っておいたんだ。いらないと思うけど一応加工お願いしとくよ」と遮り、カワキは部屋を出て行った。

「……カワキ」

ハッシュヴァルトは深い深い溜息を吐くと、縫製部に連絡を入れた。悩み事は尽きないが、カワキが友人と夏を満喫することは喜ばしいことだった。

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