無知は罪なりや?

無知は罪なりや?



自分の次に、あの席に座った女が嫌いだった。

危険な事は何もせず知らされもしない。任されるのは精々子供の遊び相手や事務仕事。実の妹というだけで、その全てが許され、何の成果も挙げていないのに誰よりも信頼されていた。


とある相手との交渉の際に、ローは鬼哭を置いていく必要があった。いつもなら彼にしか開けられない金庫に入れて出向く。でも、彼女が来てからは預けていた。

「ラミ、これを持っていてくれ。俺の大事な物だ。危ないから絶対に鞘から抜かないように。重たくないか?」

普段より柔らかい顔でそんな言葉を発した彼を幹部全員が信じられない目で見たものだ。誰にも触らせなかった愛刀を唯一渡されたのは、あんな何の実力もない女だった。言葉であれ暴力であれ、少しでも危害を加えると、何をされるか分からない。憂さ晴らしもできない状況で、どんどん不満は溜まっていった。

そんな彼女が新しい遊び相手である元天竜人の少年と共に何処かに行った時は、少し安堵した。それと同時に、あれだけあった海軍の襲撃がバッタリと止んだ。彼女がスパイなのでは?という可能性が浮かび上がり、報告ついでにローに訊ねると可笑しそうに笑われた。

「まさか。ラミが俺を裏切る理由がどこにある? ちゃんとした証拠も無く人の家族を疑うな。

海軍に関してなら、ラミが連れて行った奴は元天竜人だ。世界政府の狗だから、あっちを追うために出払っているんだろう。ラミに危害が及ばないように工作を頼む。連れは放っておけ」


渋々頷いた日から数年が経ち、目撃情報を得た島で、見覚えのある少年から渡された書類を読みあげる。

「ーー以上の事から、トラファルガーファミリーは非常に危険であると考えられる。海軍本部中尉、トラファルガー・ラミ… ロー、これは紛れもなくちゃんとした証拠だろう?」

「…あぁ。海軍のクズども、何も知らないラミを騙しやがって…今から迎えに行く」

少し認識がズレている気がしたが、指摘する間も無く電伝虫が眠る。

戻ると、宝箱の前で足から血を流した女将校がいた。

「愚かだな、お前は。実の兄より海軍のくだらない正義を取ったか。彼がどれだけ優しいか知らないで」

「小さな子供に人殺しの手伝いをさせるなんて悪魔みたいな事する人が優しい?冗談にしては下手ね、ヴェルゴ。

貴方達みたいな人より、海軍のみんなの方がよっぽど立派よ。くだらなくなんかないわ、正義感があって、民衆を守ってる!」


「ヴェルゴ‘さん’だろう、小娘」

耳を疑った。加盟国の人間しか守らず、必要とあればそれすらも切り捨てる海軍が立派だと?お前のその足だって、恐らくは共にいた少年を庇って海軍に撃たれたものの筈なのに?

それこそ冗談ではないかと思うが、あの目は本気で信じきっている。


ローは、妹の無知を綺麗だと神聖視して愛した。そのままで良いと、何も教えなかった。

その事でローへの忠誠は揺らがない。あの日からずっとこの腐った世界を壊してくれるのは彼だと信じている。

だが、この世の悪の多くを知らずに生きている彼女は、 俺にとっては、無知で、愚かな女だった。



Report Page