無数の夢
ふと目を開けると一面真っ暗な世界が広がっていた。
(はぁ...またか...)
諦観した溜息を吐くと雲が晴れるように暗い世界が晴れていき...はっきりとした風景が見えてくる。
(ここは...そうだ、マリンフォード)
2年前に起こった海軍と白ひげの大軍団が戦った頂上戦争の舞台となった場所で...。
...私とルフィにとって愛する義兄であるエースが亡くなった場所でもあった。
...心の奥底に宿った辛さを堪えつつ周りを見渡すとようやく見つけた。
(...これが、こっちの『私』か)
こっちの『私』はこれから始まるであろう大きな戦いに向いた動きやすい服装を着こなしどこか達観したような目をしていたが。
それより目を引いたのがこっちの『私』がシャンクスと同じように左目に大きな傷を負っていたことだ。
(酷い傷...一体何があったの?)
じっと『私』の顔を見ていた時『私』の周りにいた人もはっきり見える。
鷹の目...ドフラミンゴ...くま...モリア...ハンコックさん...
『私』がこの5人と並んでいた事、それが私の中で答えを得られた。
(そうか...こっちの『私』は『七武海』になってるんだね)
〜〜〜
事の発端は数ヶ月前
私とルフィが体験した今でも夢のようだと思っている事件
ある日私達を襲ってきた海賊と戦おうとした際私がトットムジカを歌った時、力の渦が想定以上に広がり私とルフィがその渦に呑まれてしまう。
目を覚ますとそこは別世界で、その世界の私はルフィ達と一緒に旅をしないで『海賊嫌いの歌姫』として名を馳せていた。
だがこの世界の『私』は過去に起こった悲惨な出来事やファンの人達からのし掛かってくる【救世主】としての重圧によって、世界中の人達をウタワールドに閉じ込めて自ら死のうとする恐ろしい計画を実行していたのだ。
例え別世界といえど『私』やルフィ達の死を目の当たりにするのは避けたい私達は別世界のルフィ達とシャンクスの力を借り、『私』を思い止どませ全ての悲劇の元凶であった【魔王】を打ち倒し
【魔王】を倒す時その力を一部取り込んで元の世界に帰ろうとする試みが上手くいって無事に戻ることが出来たが...
元の世界から帰ってから数日後
今日も何事も無く一日が終わった私はベットの上でぐっすりと眠っていたが不思議な感覚に包まれている。
(...え、何ここ?...これってトットムジカを扱えなかった時に似てる。けど私さっきまで寝てたような?)
状況を飲み込めない私はうんうんと必死に考えていたが突如周りの景色が晴れサニー号の芝に立っていた。
(...サニー号だ、おかしいついさっきまで夜だった筈...ん?)
ふと前を見ると妙に顔が赤くなっている『私』とルフィ以外のみんなが『私』を取り囲んでいる。
(もしかして、また別の世界に?おーい!みんなー!)
が、幾ら呼び掛けても誰も気付かない。誰も私の事が見えていないのか。
「あ、あのね!」
ふとそれまでもじもじしていた『私』がみんなに対して話し始めた。丁度いい元の世界に帰るヒントが分かるかもしれない、大人しく聞いてみよう。
「あの...その...私...
る、ルフィにキ、キキ...キス...してみようと思う...!」
・・・・・・・へ?
「そ、それで少しでもルフィが私を意識してくれたら...///ってその」
「「「お〜!」」」
...いやいやいやちょっと待って!?キ、キスって何言ってんの『私』!?みんなも何青春オーラ出してニヤニヤしてるの!?待って!わ、私とルフィは!
スゥ-...
「そういう関係じゃないからああああああああ!!!!!」ガバァ!
「キャアアアアァァァァァ!?」
「はぁはぁはぁ...アレ?」
精一杯の叫びをしたと思ったら気がつくといつも寝ているベットにいる事に気づく。
「...夢?」
「ちょっとウタどうしたのよ?起きたと思ったら急に叫んで...ってアンタ凄く顔が赤いわよ!汗だってすごくかいてるし、もしかして風邪?」
「へ!?い、いやぁその...だ、大丈夫だよ!私すっごい元気だよ!ほらいっちにーいっちにー!」
そう言う私は間の抜けた作り笑いをしながらスクワットをして必死にナミをごまかそうとする。
「...ふ〜ん。なら良いけど一応チョッパーに診て貰いなさい、万が一風邪が流行ったら大変なんだから。...まぁここの連中はほとんどバカだからそんな心配は無いんでしょうけど。」
そう言いながら部屋を出るナミを見送った後、私は一人呟く。
「...何だったんだろうあの夢」
それからというもの私は時々夢の中で別の世界の『私』を観客のように見ていく事があった、そして別の『私』が取り巻く環境は様々で
(いやいや!キスで赤ちゃんが出来るわけないでしょ!?『私』の教育どうなってるのゴードン!)
本人でもないのに見てるこっちが恥ずかしい目にあう夢を見る事があれば...
(うっ!...ぐぅ...ゔぉおええぇぇ...)
思わず目を逸らし蹲って吐いてしまう程悍ましい目にあってる『私』の夢を見る事も。
流石に原因が分からないとどうしようもないのでこの手の話に詳しいロビンに別の世界の『私』のことを伏せながら相談してみた。
するとロビンの口から興味深い事を口走った
【集合的無意識】
難しい話ではあったが要するに世界中の人達が夢を通じて心を成長させるという事らしい。
その話を聞いて私はどこか納得していた。
シャンクスと一緒に居た頃や今こうしてルフィ達と旅をして色々な悪魔の実の力を目にしたがウタウタの実のような夢に深く関わる悪魔の実はそうそうない。
あの時、別世界に来たきっかけとも言えるもう一人の【魔王】を取り込んだ結果ウタウタの力が更に増して別の『私』と繋がったのか、あるいは【魔王】の力が増したのかそれは分からない。
ならば私のやる事は一つ、トットムジカの力を更に磨きをかけてこの不思議な現象をコントロールすること。それまでは色んな世界の私を大人しく見ていよう、覗き見のように思えるがこれはしょうがない事だと自分を納得させる。
──そうして時折『私』の夢を垣間見る事が増えていった
ある時は、能力者の手によって人としての姿を奪われたが後にルフィとまた出逢えた『私』が。
ある時は、ルフィと共に海兵として人々を守っていたが不幸な出来事が起こり二人共追われる立場となった『私』が。
ある時は、ルフィと結ばれた末に素敵な子供達に恵まれたお母さんになってる『私』が。
ある時は、自分より年上のルフィに支えられ自分の旗を掲げて海賊としての道を歩む『私』が。
───ある時は...
────────ある時は...
──────────────ある時は...
みんなが起きてくる声を聞き私もベットから起き上がる。
...だがみんなの元気そうな声とは裏腹に鏡で見る私の顔は暗い表情を落としていた。
「あの子、これからどうなるんだろう」
昨晩見た新しい別の『私』の夢、良い方か悪い方かと聞かれたらかなり悪い方だと言えるだろう。
なんせその『私』はあの日エレジアが滅びた日にゴードンを含んだ国民の人達の死と...『私』の大切な家族の死を目の当たりにしてしまった。
挙句の果てにその死の原因が『私』が呼び出したものだと知り絶望を叩きつけられ、最終的に幼い子供には不釣合いな懸賞金をかけられ追われる立場になってしまったのだから...
「...あんたさぁ、ちょっとは遠慮って事をしないの?」
・・・・・
「あっそ、無視するのね」
着替え終わりみんなが待ってるキッチンに向かうとふと『声』を聴こえた。
「え?」
ナンデ...ナンデ...アンタハワラッテラレルノヨ...
カエセ...ワタシノ...ジンセイヲ...カエセ!!!
それはまるで私を妬む『私』のような声で
フフ..ソッチハタノシソウダネ
ガンバレ!
まるでこれからの私を励ます『私』のような声だった。
「...そっか、私もまた見られた立場なんだね」
そう悟った私は強い決意を帯びた目で前を向いた。
「分かってる、分かってるよ皆。私はルフィと...仲間達と一緒にみんなが自由で幸せでいられる新時代を...作ってみせる!」
共に夢を誓いあった幼馴染と共に広大な海へと駆け出した歌姫は今日も遥か先にある"新時代"へ向けて歩み出す。
おまけ
ボ-...
「おーいウター! ?ウターーー!!!」
「...あ、ごめんルフィ。呼んだ?」
「呼んだってお前、こんな近くで呼んだんだぞ?...ってお前すごい隈が出来てんぞ?...また悪いお前の夢を見たのか?」
「心配してごめんねルフィ、大丈夫昨晩見た『私』は元気だったよ...ただ。」
「みんなァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!おはよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!今日も絶好のライブ日和だよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!」
(うるさっ!!何この声量!?朝っぱらから出す声じゃないでしょ!?観客の人達も何人か倒れてるよ!)
「さぁッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!まずはこの曲から行くよォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!『新時代』!!!!!!!!!!!!!!!」
(ちょっと!?このまま歌うの!?待って!今私の体寝てるとこなんだから!お願い!止まってぇぇ!!)
だが夢の観客でしかない私の願いは悲しいことに向こうには届かない。
その夜に見た現実の私が起きる約6時間の『私』の大音量ライブによってしばらくの間私は不眠と耳鳴りに悩ませる事になった。