烏と太陽(月)2
「雛森3席が脱獄した」という知らせを聞いて俺はやっぱりかと思った。惣右介さんにあれだけ心酔していた雛森ちゃんの事だ。あの遺書を読んだら脱獄して惣右介さんの仇を取ろうと奔走するだろうと思っていた。
その事は日番谷隊長には言わなかったけれど。何故かと問われると彼は隊長になって日が浅すぎる。あの人や惣右介さんのような腹芸は難しいだろう。それなら俺がそれを担うしかない。惣右介さんほどの腹芸は難しいけれど、これくらいなら難なくこなせる。伊達に近くでそれを見てきてない。
吉良くんと阿散井くんもその牢から姿を消したらしい。阿散井くんは分からないけれど吉良くんはきっとギンの仕業だろう。ちょうどいい。ギンに少し聞きたかったこともあるし次いでに聞いておこうかな。そう思って3番隊の訓練場に足を向ける。
たどり着けば、ちょうど日番谷隊長とギンが顔を合わせた所だった。
「あ、ギンに吉良くんこんな所にいたんだ。」
ヘラり、日番谷隊長とギンの間に入る。
「キミこそこんなトコロにどうしたん?キミも藍染隊長の仇討ちにしはりにきたん?」
「えー、俺そんなに惣右介さんの仇討ちしそうに見えるの?」
そんなことないのになー、と肩を竦める。
事実、惣右介さんの仇打ちをしようだなんて欠片も思ってない。
「そんなことより、俺ギンに聞きたいことがあったんだよ」
「僕に?」
「うん。ギン、キミ死ぬつもりじゃないよね?」
その言葉に吉良くんも日番谷隊長も息を詰めた様子だった。
「待ってください!それってどういう」
吉良くんの言葉を遮って言葉を続ける。
「あの人に命をかける気なんでしょ?」
「何の話か分からへんなぁ。」
暗に惣右介さんを殺すために命をかける気かと聞けば、にっこり笑って誤魔化される。その笑顔を見て、ギンは死ぬ気なのだなと思った。その笑顔は幼い時から見ていた本音を隠す時にする笑顔と同じだったから。
これは決心は硬いな、と肩を竦める。
まあ、何かあった時に助けるぐらいはしてあげよう。
「彼女、泣かせないように頑張りなよ」
それだけ言って、話はこれで終わりと言うようににっこりと笑った。吉良くんはどういう事なのか分からずこちらに聞いてくるけれど、ギンが言ってないことを俺が言うはずもないだろうに。なんのためにどうとでも取れるような言葉で聞いたと思ってるのか。
俺は幼い頃からギンを見てきて、惣右介さんに対する敵愾心的なものを感じ取ってるし傍に置いていた惣右介さんもそれは察してるだろう。けれどずっと副官として側にいてそれに気づかないというならそれは怠慢としか言う他ない。たとえ、当人が隠すような振る舞いをしていようとそれを察するのが副官としての仕事だろうに。
俺は惣右介さんが察して欲しくなさそうなら興味を失ったように振舞ったし、ギンが副隊長で俺が3席だった頃はギンに対してもそうした。
「彼、副隊長にしては盲(めくら)過ぎない?」
「それは、キミの副隊長に対するハードルが高いだけやろ」
イズルは何も悪いとこはあらへんよ。思わず口が出てしまえばギンは肩を竦めてそう返してくる。
いや、それを言われればお終いなんだけど。まあ、各隊長によって副隊長に求めるものは違う。隊長であるギンがこういうということはギンにとってはそういうことなのだろう。
そんな会話をしていると、雛森ちゃんがやって来て日番谷隊長へと刃を向ける。うんうん、狙い道理にしてくれて俺は嬉しいよ。
惣右介さんは雛森ちゃんと日番谷隊長に潰しあって欲しいらしい。どうしてかは、釣り針に惣右介さんが引っかかってから聞けばいい。日番谷くんもあの遺書を渡すと決めた時に雛森ちゃんに刃を向けられることは渋々だが了承してくれた。
だが、あの遺書が誰かに細工されたものであるという疑念は払いきれなかったらしい。
ギンに刃を向け、最終的に乱菊ちゃんが仲裁することによってその場は収まった。ギンが乱菊ちゃんに刃を向けることなんてしたくない事は乱菊ちゃんが1番わかってるはずだ。それを逆手にとって場を収めたその手腕は流石だな、と素直に感心する。
これはギンも思わず惚れ直しちゃうだろう、そんな場違いなことを考えた。