炎は消えず、受け継がれる その2
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「あ……!!」
手元にあった”命の紙”が燃えていく。再会の約束であった証が塵となっていく。
あの時交わした約束が果たされることはないのだと、燃える”命の紙”が示している。
「ああ……っ!!」
それが意味する現実が何処かで起きてしまったことを理解し、ヤマトの目が見開かれる。その目からは大粒の涙が零れ落ちていった。
「~~~っ!!!」
馬鹿野郎。約束しただろうが。いつか一緒に海に出ようと。
必ずまた会おうって。
「エ゛ース゛……っ!!!」
ここは遠きワノ国。鎖国がなされ、暗黒の時代の只中にある閉ざされた国。
その中の更に一角に閉じ込められているヤマトには世界で何が起きているかなど分からない。
目の前で燃え尽きた友の命の証を前にして、一人涙を流し続ける。
そんなヤマトの脳裏にかつての語らいがよぎった。
――それが弟の”夢の果て”なんだ!!
――おれ達は信じてんだ!! あいつは本気でやれると考えてる!!
ルフィ。ルフィだ。エースが言っていた弟。あの”海賊王”と同じ”夢”を語った男の名は。
――それと、ウタもだな
――さっき話してたルフィの友達? からくり仕掛けでもないのに動く生きた人形だって
――おう!! あいつもおれの大切な妹なんだ!!
エースは嬉しそうにヤマトに語る。小さく不思議な自分の妹のことを。
その姿が余りにも嬉しそうで、ヤマトもつられて笑顔になってしまう。
――小さいナリだがよ…あいつもルフィに負けねェくらいでっけェ”夢”を持ってるっておれは感じたんだ
――いつか、ウタはとんでもないことをするぜ!! おれは信じてる!!
人形だから会話はできなかったと言う。でも心で必ず繋がっているとエースは語った。
小さな身体に大きな”夢”を秘めながら、いつの日か何かを成し遂げると。
そんな話を聞いて、ヤマトはポツリと言葉を溢した。
――……会いたいなァ
――会えるさ!! いつか必ずな
遠い場所を見つめてそう呟くヤマトに、エースは笑いかける。
その”夢”だって、きっと叶うのだと。
ウタ。ウタという名前だ。エースがあの”海賊王”と同じ言葉を語った男に並ぶ夢を持っていると信じていた小さな人形。
「ル゛フィ……ウ゛タ……」
エースの語った二人の名前を胸に刻む。それは”おでん”が残した”次の時代を担う強き海賊たち”、カイドウを討てるものたちなのだと僕は信じ続けよう。
たとえ、何があろうとも。
己の手の中で燃えカスとなった”命の紙”を強く握りしめ、ボロボロと涙を零し続けるヤマト。
今は暗黒に包まれ未来への希望が見えぬワノ国の中にあり、仲間もおらずただ一人、”新たな時代”を告げる者たちが必ず来ると信じ続けていた。
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『―――――――――――――ッ!!!!!』
エースの遺体を前にして、ルフィとウタの声なき絶叫が響き渡る。
「麦わらボーイ!!! 歌ガール!!!」
イワンコフの二人を呼ぶ声が虚しく響く。
目の前で義兄の命が失われたことで、二人の精神は完全に崩れ去ってしまっていた。
特に無茶なドーピングによって無理やり戦場に立っていたルフィにとっては命に係わる。
イワンコフはジンベエと共に二人を助けようと走り出すが、それより早くサカズキがルフィたちに迫る。
周囲の海賊が必死に進撃を食い止めようと応戦するが、身体をマグマに変化させたサカズキを止めることは叶わない。
「次こそお前じゃァ!! ”麦わら”!!!」
二人の命を燃やし尽くさんと迫る拳は、乱入した火の鳥によって阻まれた。
「ジンベエ!! エースの弟妹(きょうだい)を連れていけよい!!」
「!!?」
白ひげ海賊団1番隊隊長”不死鳥のマルコ”が全力を持ってサカズキを食い止める。
エースが死にゆく時に封じられていた己の不甲斐なさへの怒りと、エースが守ろうとした家族の命を狙うサカズキへの怒りを滾らせながら。
「その二人の命こそ…!! 生けるエースの”意志”だ!!!」
「わかった!!!」
ルフィとウタの二人を抱えたジンベエは素早く身を翻し撤退を開始する。
それを気配で感じたマルコは己を鼓舞するように叫ぶ。
「エースに代わっておれ達が必ず守り抜く!!! もし死なせたら”白ひげ海賊団”の恥と思え!!!」
マルコの叫びを受けた周囲の海賊たちも次々とサカズキを食い止めんと突撃していった。
「逃がさんと言うたはず……」
「赤犬さん!!! 危ない!!!」
海兵の叫びが邪魔者を排除し追撃しようとするサカズキの耳に届く。
その声に気を取られた次の瞬間、壮絶な怒りを乗せた一撃が背後からサカズキを地面に叩きつけた。
「…ぐうウッ!? ゲボッ!!」
「………………!!!」
”白ひげ”エドワード・ニューゲートが愛する息子を失った悲しみと怒りを纏わせながら冷たい瞳で見下ろしていた。
”白ひげ”の声ならぬ怒りに全てのものが気圧されている。しかし、本人の胸中にあるのは後悔だった。
大バカ者め。バカ息子め。親より先に死ぬことが何よりの親不孝だと教えたばかりだろうに。
認めよう。”白ひげ”ともあろうものが心に隙が生まれていた。
油断していた。”麦わら”のルフィが辿り着きエースを解放できた時点で、後は自分だけが犠牲になればいいと安堵しきってしまった。
侮っていた。エースがあれほどまでに自分を想ってくれていたとは。子の愛を見誤ってしまったとは、親失格だ。
「……ガァッ!!!」
受けた衝撃に全身が悲鳴を上げながらも素早く建て直し、サカズキの一撃が”白ひげ”に迫る。
その一撃は”白ひげ”の顔半分を消し飛ばしながらも、彼の命の火を消すことは叶わなかった。
自分がどれほど貶され、侮辱されようが構わなかった。
我が子が助かるならば、生き延びてくれる喜びに比べれば何とも思わなかった。
だが、それはエースも同じだったのだろう。だから”白ひげ”を侮辱したサカズキの言葉に耐えられなかった。
自分も”家族”を嘲るものを許せるはずがない。
エースの行動を叱ってはやれない。同じ立場であったなら、自分もそうしていただろうから。
それでも、お前に生きて欲しかった。死にゆく古き時代の残党など超えて、世界に高く羽ばたいてほしかった。
「………………」
拳を振り抜いたサカズキを見据え無言で左腕を振り絞る”白ひげ”。
己の身体に僅かに残る力を腕に籠め、サカズキに叩き込む。
「おんどれェ……”白ひげ”ェエ!!!!」
”白ひげ”の渾身の力を込めた追撃は周囲の空間を砕くだけに留まらず、地割れを引き起こしサカズキを奈落の底へと叩き落していった。
だが、本音を言えば嬉しかった。それだけ自分を愛してくれる子と出会えたことが。
「バカ息子たちよ!!!」
落ち行くサカズキの姿を見届けた”白ひげ”は自身の立つ場所とを分けた地割れの向こうにいる我が子たちに向けて吠える。
「その二人を必ず守り抜け!!!」
『!!!!』
失われた命は戻らない。されどその意志は受け継がれ、絶えることはない。
”海賊王”が体現した”自由”も、
”世界の王を目指した男”や”金獅子”の語った”支配”も、
”ビッグ・マム”の夢見る”万国”も、
どれも自分には響かなかった。
そんな遠大な夢よりも、ずっと欲しかったものがある。
人が最初から持ち、しかし自分にはなかったもの。
”家族”。それが”白ひげ”が求めた何よりの”宝”だった。
「エースが守った家族を……」
「絶対に死なせるんじゃねェぞ!!!!」
それは命令ではなく、死にゆく親が送る最後の願いだった。
『……ッ!! オ゛ヤ゛ジィ~~~!!!!』
別れの時だ。息子たちよ。おれはロジャーから託された意志を絶やさぬために最後の仕事をしなければならない。
息子たちへの叫びで、限界を超えてもなお絞り出した力が完全に枯渇した。もう猶予はない。
だが、まだやらねばならないことがある。
”白ひげ”は己を取り囲む海兵たちを見渡しながら静かに息を吐く。
ロジャーとは幾度となく争ってきた。ライバルと言っていい存在だ。
”海賊王”となり風のように去っていったあいつと比べれば、確かに自分は”敗北者”と称されても仕方ない存在だ。
”海の頂点に立つ男”などと言われても、それは”王”ではない。
”生きる伝説”などと言われても、そんなものはロートルがいつまでも上に居座っていることを言い換えただけ。
なるほど、こうして振り返ってみると確かに自分の人生というものは”真の頂き”とは離れた場所にあるものだ。
まあそんなことはどうでもいい。
どうだ、自分の”宝”は。輝いているだろう?
(ロジャー…お前、勿体ねェことをしたなァ)
あれほど情に厚く愛深き息子に嫌われるなど、つくづくあの男は惜しいことをしたものだと思う。
あいつにはあいつのやるべきこと、やりたいことがあったのは知っている。
でもよ、ロジャー。おれはお前が手に入れなかった”宝”を得たぞ。
それは”海賊王”が逃した”宝”を手に入れていた勝利の優越感だったのだろうか。”白ひげ”にはわからない。
”敗北者”。大いに結構だ。何と言われようと構わない。
だが海軍どもよ。おれはお前たちがひた隠しにしようとする”真実”を世界に放つぞ?
ロジャーが待ち望み、後の時代に託した”意志”を受け継がせるために。
その嘲りの言葉は、所詮ただの負け惜しみに過ぎないのだと証明してやろう。
たった一人、致命傷を負い、もはやその命の灯火は消える寸前。
いや命はとうの昔に尽きている。それでも為すべきことを果たすまで消えるわけにはいかない。
その決意だけが”白ひげ”の死した肉体を動かしている。
海軍はそんな死兵となった”白ひげ”を討ち取ることができずにいた。
偉大なる大海賊”白ひげ”の最後の輝きを前にして、
「ゼハハハハハハハハ!!!」
「久しいな…死に目に会えそうでよかったぜオヤジィ!!!!」
あらゆる光を呑み込まんとする漆黒の”闇”が戦場に現れた。
(ああ、やはり……)
お前はロジャーが待った男じゃねェな、ティーチ。
処刑台の上に立ち己に向けて勝利を確信した笑い声をあげる”黒ひげ”マーシャル・D・ティーチを睨みつけながら、”白ひげ”は静かに結論づけた。
ならば、一体誰なのか。脳裏に浮かんだのは息子エースの義兄弟であった”麦わら”のルフィ。
己を前にして一歩も退かず、”海賊王”になると豪語した若き男。
愚直なまでに真っすぐ進むその姿に自分は未来を…”新たな時代”を見た。
その目は”海賊王”によく似ていた。もし彼が”そう”なのだとしたら、喜ばしいことだ。
そして、もう一人。
(あの娘……)
”麦わら”のルフィの肩に乗っていた小さな人形。
病に侵され、衰え、全盛期には程遠い覇気であろうとも隔絶された精度の見聞色により”白ひげ”はその”真実”を正確に捉えていた。
今はまだ、”麦わら”のルフィ共々雛鳥のようなものだ。いや娘に至ってはそれ以前の状態である。
あのような境遇に落とされた子を救い。抱きしめてやれないことを”白ひげ”は心の底から悔やんだ。
だが、仕方がない。あの子の”親”の役目を果たすのは、自分ではないのだから。
(”赤髪”……)
シャンと胸を張れよガキ。どう思おうが、あの子の”親”はお前しかあり得ねェんだ。
てめェの恥なんざ、我が子の心に比べたらクソほどの価値もねェ。精々頑張って笑わせてやれ。
……すぐにはムリかもしれねェが、お前ならやれるさ。
(ロジャー……)
己が辿り着いた真実、そして”Dの一族”の意味を話し、笑いながら去っていった何処までも”自由”だったかつてのライバルを思い出す。
あいつが待ち望んだ男が果たして”麦わら”のルフィなのか。死にゆく自分にはもう確かめる術はない。
だが、もしそうだとしたら……
(”新たな時代”は……”二つ”来るのかもな)
もしそうなら、あの”海賊王”ですら予見しきれなかったものを自分は垣間見たのだ。
長生きはしてみるものだ。あいつに自慢できるなと、”白ひげ”は誰にも気付かれず一人笑った。
この日、世界で最も偉大な男がこの世を去った。
”白ひげ海賊団”を束ねる”四皇”、”王座の前に君臨する男”、”世界最強の海賊”と呼ばれた”白ひげ”エドワード・ニューゲート。
寄る辺なき人々を守り、愛し続けた一人の父。
世界の”正しさ”に振り落とされた人々に寄り添い続けた一人の親。
何処にでもいるような”家族”を求め続けた一人の男。
死の間際…死した後も、誰一人としてその男を屈させること叶わず。
彼の死に際に放った言葉は、人々を海へ駆り立てた。
「”ひとつなぎの大秘宝”は、実在する!!!」
”受け継がれる意志”、”人の夢”、”時代のうねり”。誰にも止められないそれらは渦巻き、世界に”嵐”を巻き起こさんと蠢いていた。