灯台でスターメモリーを 後

灯台でスターメモリーを 後



そして着いてしまったハルトの家。タクシーが停まったコサジの灯台から歩いて数分、海に面した素敵なお家。手入れされた庭に立つ、物干し竿に干してある洗濯物をとりこむ女性が一人。ハルトが手を振りながら近寄ると、気付いたのか腕に洗濯物を引っかけたままこちらに来る。彼女こそがハルトのお母さんだ



「いらっしゃい、ハルトから聞いてるわ。私がハルトのママよ、よろしくね」


「ぁ、の…ボタン、デス。よろしく……」


「はい、よろしくねボタンちゃん。それにしても……本当に仲がいいのね二人とも。ウフフ」



洗濯物を抱えて先に家に入っていくママに、一瞬ハテナが浮かぶ二人だった。恋人繋ぎで手を繋いで来たのを忘れているようだ。それに気づいたボタンが「さわぐ」を発動するまで後数十秒






ハルトの家にお邪魔して数時間。口下手なボタンだが好きな人のママということで頑張ってコミュニケーションを取っていた。そんなボタンをママは優しい笑みで受け入れてくれた。慣れない大人との会話に必死になって着いてきてくれているのが好感触だったらしい。ママが淹れてくれたお茶を飲みつつようやくボタンのどもりやつまりが少なくなってきたところでママはいっけなーいと頭をコツンと叩く



「ハルト、悪いんだけどハッコウシティのラッキーズに行ってお薬買ってきてくれないかしら? ホシガリスちゃんがちょっと食欲落ちてきたみたいで……あと家の常備薬も補充しておきたいのよ」


「ええー? せっかく帰ってきたばっかりだっていうのにー」


「お願ーい、行ってきてくれたら新しいサンドイッチのレシピあげるから! はいこれメモね」


「わかったよぅ……」



ホンネを言うと会ったばかりの人と二人きりはキツいのでハルトに居てほしかったボタンだが、主婦が遠出するのは大変なことだろうしまぁ仕方ないことだろう。さっきから初めて出会うボタンを恐れずじゃれて来てくれるホシガリスのためだ



「さてボタンちゃん。ハルトのお話はしたから、今度は貴女のお話が聞きたいわ」



今までにないくらい、ボタンの心臓が大きく跳ねた。



冷たい汗が背中を伝う。冷や汗が一気に吹き出、いつものパーカーの襟首を濡らして体温が一気に冷えた。言葉を出そうとしても口がカラカラに乾いてかすれた声しか出てこない。



「っ、あ、の……えっ、と……ぁ……」


「大丈夫よ、慌てないで。ゆっくりでいいわ」



ハルトのママはボタンの背中を優しく擦(さす)り、新しく入れたお茶をボタンへ渡す。お茶を少し口に含み、少し落ち着くボタン。いよいよ向き合う時が来たのだ



「本当に、ゴメンなさい。聞いて、くれますか?」



ハルトのママは、ただゆっくりと頷いた。







  洗いざらい話した。スター団結成。留学の名を借りた帰省。望まぬ結末。最悪を避けるための苦渋の決断。悪(じぶん)を倒してもらうための英雄(ハルト)。それに伴う余罪。全部、全部話した。さっきまでのどもりは何だったのかというくらい。言葉が堰を切ったかのように溢れ出る。後悔、罪悪感、そしてそれらは涙と一緒に溢れ出る。何度もしゃくりあげ、何度も詰まった。涙が邪魔で何度も拭いて、メガネも邪魔になって取り払った。でも。それでも。ここで言葉を止めるわけにはいかない。



 そしてやっとのことで全てを話し終えたとき、ボタンは肩で息をしていた。涙ももう出てこないほどに、目も喉も乾ききっていた。ハルトのママがどんな顔をしているのか見るのが怖くて俯いたまま顔を上げることができない。外して手に持っていたメガネが優しく取られ、テーブルに置かれる。そして



「大丈夫よ。よく頑張ったわね、ボタンちゃん」



優しく抱き寄せられ、抱きしめられた。



「実はね、貴女の経歴がタダモノじゃないことはうっすら聞いてたの。うっすらとだけどね。ハルトは大事な友達のため、宝物のために自分を犠牲にしてたった一人で頑張っていた貴女の傍に居たいって言ってたわ。今貴女から聞いた話で全て納得できた。ボタンちゃん、貴女は貴女が思っているよりも、ずっと、ずっとステキよ。貴女ならハルトを任せられる。勇気を出して告白してくれてありがとう。これからも、ハルトをよろしくね?」



乾ききっていたと思っていた涙がまた溢れた。ただ、ただ声をあげて泣いた。









「ん゛……」



気が付けば眠っていたらしい。薄暗い部屋、淡い月明かりが窓の向こうから少しだけ入ってきている。と、一か所ライトが付いている。誰かが机に向かって勉強しているようだ。目をこすっているとボタンが起きたのに気付いたのか、机から立ってこっちへ来る。



「おはよ。といってももう夜なんだけどね」


「……おはよ」



優しく笑う彼に、あぁ、やっぱり自分はこの人のことが好きなんだと。改めて自覚する。



「ねぇハルト」


「何?」


「手、握ってくれる?」


「いいよ」



 布団から出した小さな手。その大きさに見合わない重みを背負っていた手を、その手よりほんの少し大きな手が包む。





 まるで晴れた日の陽の光のように柔らかく暖かい手をもっと感じたくて、手を開いて指を絡める。彼は少し照れたような、そして嬉しそうな表情をしていて。思わずほんの少しイジワルしたくなって。



握っていた手を引き寄せて、彼の顔を自分の顔に近づけて。二つの影が一つに重なって。




「ハルト、大好きだよ」




私は間違いなく、今イチバン幸せだ。

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