潔黒
キスをする時、目は閉じるものだ。誰かに教えてもらったわけではないけれど、黒名はそう認識していた。だって漫画とか、ドラマとか、みんなそうするだろ。黒名は恋愛ものを好んで見ないが、忌避することもない。ああ、やってんな、くらいのものだ。まあそんなことはどうだって良いのだが。
つまり、黒名は自分がキスをする時も目を閉じていたと言う話で。それ自体は何らおかしなことではなかったと思う。
さて、どうしてこんな話をしているかと言えば。黒名がキスをする相手である潔世一。この男だ。この男、今までキスをする時、ずっと目を開けていたらしい。黒名は一方的にキス顔を見られていたのだ。発覚したのはたまたま黒名が目を開けたからで。思わずびっくりして潔の唇に歯を立てるところだった。危ない危ない。危うく流血沙汰の大惨事であった。
そして黒名はこう思った。ずるい。俺だって潔のキス顔見たい。当たり前である。今まで一方的に見られていて、今回黒名が偶然気付かなければ、これからもずっと潔ばかりが相手のキス顔を堪能していたのだ。フェアじゃない。
そんな黒名の主張に対し、潔はどこ吹く風といった様子で、見ればよくね? と言う。
「黒名が見たいなら見れば良いよ。俺目閉じないけど。もったいないし」
「じゃあ見る。行くぞ潔」
押し当てた唇。いつも通りに閉じかけた目を開いて、潔を見る。至近距離に潔の顔がある。近すぎて一瞬ピントが合わなかった。一度瞬きするとぼやけた視界がクリアになる。潔の青い目が黒名を見ていた。普段は穏やかな湖面のようで、サッカー中は刃物のような鋭い光を讃える瞳。涼しげな色なのに、今は焼き尽くすような熱がこもっている。
いつもこんなに見られてたのか。知らなかった。
バチリと視線がぶつかり合う。何故か逸らしたら負けのような気がして、黒名はその目を見つめ返した。じわじわと己の熱が上がっていくように感じる。黒名は思わず生唾を飲み込んだ。音がごくりと響いて、少し恥ずかしかった。
いつもより長く唇を合わせていた気もしたし、一瞬触れ合わせただけだったような気もして、黒名は身を離した後、なんとなく目を逸らした。
「で、どうだった? 満足したか?」
「ん、十分十分。俺には少し、刺激が強かったかもしれん」
「刺激が強いはちょっとよくわかんねえけど……。でも嫌じゃなかったみたいで良かった」
それにしても、あれだけ目線が合うと照れるな。頰を掻きながら言う潔に、黒名はそんな様子は見受けられなかったが、と思いつつ頷く。まあ照れるのは確かだし。なあ黒名、もう一回……良い? 潔の言葉に黒名はもう一度頷いて。たまには目を開けても良いかもしれないが、本当にたまにで良いな。そうじゃないと熱くて燃えてしまいそうだ。そう思いながら目を閉じた。