潔黒
「潔、潔。俺が悪かったから……許してくれ」
「え、やだ。黒名だって俺の言うこと聞かないじゃん。だから俺も黒名の言うことは聞かない」
身動ぎをしても黒名をがっちりと捕まえている手から逃げられる気配はない。潔の膝の上でうつ伏せに固定された黒名はこめかみを冷や汗が伝うのを感じた。
潔が怒っている。いつもならそれくらいにしときと言って助けてくれる氷織も、今日はそれは黒名くんが悪いわと言って別の部屋に逃げてしまったし、雪宮はなぜか頑張ってねと応援の言葉を残していったし。部屋に残されたのは不機嫌な潔とそれに捕まった黒名だけだ。
「じゃあ、んー、十回」
「う……手加減を、頼む」
「それは黒名次第だな」
全く容赦する気のないらしい潔の声に黒名が体を固まらせていると、あ、でも本当に無理そうなら言えよ、と潔の手が黒名の頭を撫でた。置かれた状況と声の優しさの温度差でおかしくなりそうだ。ただ、潔はこれでやっぱりやめておこうなんて言うような人間ではないので、黒名の懇願も虚しく腕は振り下ろされてしまうのだが。
「いーち」
「あ……!?」
ばちんと潔の手が黒名の尻を叩く。黒名は目をぎゅっと閉じて、痛みを逃すように体を丸めた。黒名の体は潔によってホールドされていたから、丸めるにも限界はあったけれど。
「にーい」
氷織と雪宮が部屋にいなくてよかった。流石にこんな姿を見られたら堪らない。どうか戻ってきてくれるな、と願う。
「さーん」
ガチガチ、と鋭い歯がぶつかって音を立てる。
「よーん」
シーツを掴もうとした手が滑って撫でるだけになる。潔が舌を噛みそうだから、とタオルを咥えさせてくれた。
「ご」
反射的に出た涙がほたりと流れた。あと半分だからな、と潔が言うのに頷く。
「ろーく」
痛いのかどうかわからなくなってきた。タオルを咥えたままふーふー息をしている。暑い。いや、熱い?
「なな」
なんだかすごく汗が出ている気がする。もうちょっとだからな、と囁かれた言葉に体が震えた。
「はーち」
心臓が耳元にあるのかと思うほど、心音がうるさい。バクバク鳴っている。だらりと下がった三つ編みを潔が耳にかけてくれた。
「きゅーう」
あと、一回。決して長くなかったはずなのに、随分と時間が経ったように感じる。タオルを精一杯噛み締めた。
「じゅーう」
よく頑張ったな、と犬でも撫でるかのように頭を撫でられる。黒名はタオルから口を離して、ゼエゼエと息をした。じわりと滲んだ汗を潔の指が拭っていって、黒名の体がひっくり返される。
「はは。真っ赤じゃん。可愛いな」
「もう……無理だ……」
「うん。今日は終わり。だけど、次また誰かに尻尾振ったらダメだぞ」
な、俺の惑星。そう言われて顎の下をくすぐられてしまえば、黒名はもう頷くしかないのだった。