潔冴
冴は自分のことを自分勝手な人間だと知っている。ポジションこそMFであるものの、例えばバスタードミュンヘンの魔術師のような献身性は無いと言っても差し支えない。ストライカーへのパスだって、あくまで冴は『出してやる』のだ。
そうやって相手の性能を引き出して勝利のために利用してやる。相手のためではなく自分のためだ。不甲斐ない動きしかしないようなら自分で決めてしまっても良い。冴にはそれができる。弱いストライカーに渡す球はない。
まあ、つまり。おおよそのストライカーにとっての冴は、従順に付き従う従者ではなく気まぐれに現れる魔法使いのようなものなのだ。
それが今日の試合はどうだ。あの瞬間、他にも選択肢はあったはずなのに。冴は求められるがままに潔へとパスを出した。ボールを『差し出した』。『献上した』。いや違う。あれは献上させられたと言うのだ。そこに冴の意思は関係なく、ただ潔の望むままに。自分勝手の極みのような糸師冴が、あの瞬間たしかに潔を振り仰いでしまった。
冴。
試合中の潔の、自分を呼ぶ声が、一瞬だけ視線を交わらせた炎のような青い目が、脳裏に焼き付いて消えない。調子が狂った。勝利のために築きあげた計算が捻じ曲げられた。
さらに最悪なことに、あの時たしかに、冴は喜びを感じていたのだ。潔にボールを渡すことを喜んだ。潔に使われて嬉しく思った。馬鹿みたいな話だ。そうなった冴はもう冴ではない。
あの瞬間冴は勝利のためでなく、潔のゴールのために動かされた。結果としてそれはチームの勝利に繋がるものだが、冴は終わりよければ全て良しなんてお気楽な生き方をしていない。勝とうが負けようがさらに上を目指すために反省をする。そして修正をする。今回の修正点は人に動かされたこと。これ以外にあるまい。人に気圧されて最善手を逃すなどあってはならないことだ。そうだろう。
「あ、冴。お疲れ様」
冴がつらつらと考え混んでいれば、件の人物がやってきた。声からも瞳からもあの全てを喰らい尽くす圧は消えて、すっかり凪いでいて。穏やかな目をじっと見ていると戸惑いながらじっと見返してくる。見た目だけ見ればビビりそうな割に、目線の一つも逸らしやしない。冴はチッと舌打ちを一つ打って。
「次はねえ」
「……悪い。何が?」
「分からないならいい。俺が言っておきたかっただけだ」
本当に何? と首を捻る潔を残して部屋を後にする。とりあえず、今日覚えてしまった感覚を忘れるところから始めなくては。