潔ノア
潔は心臓が口から出そうなほど緊張していた。ノアとキスをしようとしているからである。何故こんな状況になっているのかは長くなるので割愛するが、潔にとっては予想外の状況であることは確かで。
幼少期から憧れてきた人とキスをする状況は、去年のバレンタインチョコ0個の童貞には恐ろしいものだ。なんなら潔は、セックスどころかキスも初めてなのである。色恋にうつつを抜かす暇があるならボールを蹴っていたい人生だったので。
まあ潔がこういうことに不慣れなのはノアもわかっているだろうし、キスが下手でガッカリするような人ではない筈なので、そこら辺は心配していない。これから上手くなれば良いだけだ。
「……良いですか」
「好きにしろ。お前のタイミングでいい」
「じゃあ、えっと、行きます」
合わせた唇は柔らかかった。触れた肌は潔よりも温かくて、青い監獄備え付けのシャンプーとノア本来の体臭が混ざって鼻をくすぐった。
唇をくっつけて離してを数度繰り返して、潔はなぜか既視感を覚えていることに気付いた。ノアの唇に触れるのは初めてのはずなのに、自分はこの感触を知っているような。唇どころか舌に触れたことすらあるような。そんな違和感に気を取られた潔にノアが尋ねる。
「集中が切れているようだが、どうした?」
「いえ……前もノアとキスしたことがある気がして。初めてのはずなんですけどね」
「ああ、それか。初めてじゃねえぞ」
は!? と裏返った潔の声が部屋に響いた。潔の脳内で思考が濁流のように荒れ狂う。
「ちょっと待ってください!! ノアと俺キスしたことあるんですか!? いつ!? なんで俺知らねえの!? クッソ覚えてねえの勿体なすぎる……説明、説明してください!!」
「落ち着け。試合後倒れて俺のベッドで寝てたことあったろ。その時だ。ベッド貸したんだからそんぐらいの駄賃はあっても良いだろ」
「ってことはノアから?」
そうだが、とあっさり肯定されて、潔は頭を抱えた。まさか寝ている間に手を出されているとは。さすが世界一のエゴイスト。自由さでは他の追随を許さない。
まあ潔的には手を出されたこと自体は別に構わないし、問題はそれが寝てる間だったことだけだが。だって見たいだろ。ノアが自分にキスしてくれるところとか。
「今度からは俺が起きてる時にしてくださいね……」
「考えておく。それより続きは? もう終わりか?」
「本当にお願いしますからね……続きはします」
もう何度か触れるだけの口付けを繰り返して、潔は薄く開かれたノアの口に舌を差し込んだ。なんとなくの感覚で舌を動かすとノアの舌も応える。やはりこれにも覚えがあった。俺が寝てる間に、一体どこまでしたんだろう。そう思いながら潔は狭いノアの口内で舌を暴れさせた。舌を引き抜く前にじゅう、とノアの舌を吸って混ざり合った唾液を飲み込むと、ノアがほう、と息を吐いた。表情はかわっていないが、聞いた者をソワソワさせるような、随分と恍惚とした吐息だった。
「本当にお前は覚えが良いな」
「……ありがとうございます? でも俺が起きてる間にしてくれたらもっと上手くできると思いますよ」
「なら今から教えてやる。ちゃんと覚えろよ」
上等だ。そう言って潔は笑った。