潔オリ
ふ、と意識が浮き上がる。潔は薄目を開けて周囲の様子を伺いまだ薄暗い部屋にまだいつもの起床時間より早い時間であることを悟る。こうして目が覚めるのは潔にとっては珍しいことだ。潔は一度眠ると朝までぐっすりなタイプなので。
隣で寝ている愛空は大抵、体を重ねた後の朝でも潔より先に起きている――負担が大きいはずの愛空の方が先に起きて平気そうな顔をしている理由は、潔にはわからない。経験値の差かもしれない。――が、彼もまだ起きる気配はない。すやすやと健やかな寝息が聞こえてくる。
潔は隣の男を起こさぬよう、静かに体の向きを変えて愛空に向き合った。愛空は大きな体を少し丸めるようにして眠っている。彫りの深い顔立ちに髭も相俟って大人びて見える愛空だが、寝顔は意外に幼く見えた。伸び始めた髭とのアンバランスさが少し面白い。髭が無ければあるいは年相応に見えるかもしれないな、と潔はこうして愛空の寝顔を見るたびに思うのだ。
まあ人の顔を見続けるのは潔の趣味ではない。どうせなら起きてる時に見たい。愛空の眼はとても綺麗で潔も気に入っているので。特にサッカー中の好戦的な輝きが良いと潔は思うのだが、これは話が変わってくるので置いておくことにする。
潔はもう一度寝ようかと目を閉じたが、眠気はどこかへ吹っ飛んでしまって、目もすっかり冴えている。仕方がないので、目を閉じたまま、思考を回す。考えることなら沢山ある。特にサッカーのこと。潔はどこまで行ってもサッカーバカなのだ。まあブルーロックスと呼ばれる人間は大抵そうだが、潔も例に漏れず人からサッカー星人などと呼ばれるような人間で。サッカーのことなんて考え始めてしまえばもう睡魔が帰ってくることはないだろうが、まあ、たまには良いだろう。
そうして、幾分か時間が経って。隣の人間が身動ぎする気配に潔は気付いた。愛空が起きたらしい。潔はなんとなく目を閉じたまま様子を伺う。いつも先に起きている愛空が何をしているか、少し興味があったからだ。
起きたらすぐに寝床を出ていってしまうものかと思ったが、意外にも愛空はぐっと体を伸ばした後は布団の中で静かにしていた。と言うか潔のことを見ているようで、視線がさくさくと刺さる。もしかして涎の跡とか付いてたのかな。潔は少し不安になりつつ、寝たふりを続けた。
「……ょ」
愛空が何かを口にしたので、潔は意識を集中させた。はふ、と愛空が一度息を吐いて、再び声が部屋の空気を揺らす。
「よ、よいち……」
潔は呼ばれた自分の名前に反応しそうになる体を抑えた。普段仔犬ちゃんだのコソ泥ちゃんだの名前を呼ぶよりすごい呼び方をしている癖に、訳のわからないところで恥じらいを覚えているらしい。しかし潔としては名前を呼ばれるのは嬉しい。今後も是非とも呼んでほしい。普段から呼んでくれても良い。
「あーだめだ。格好悪過ぎるだろ。クソ。なんでこんな……」
愛空が頭を掻くような気配がした。潔は目を開いて、愛空を見る。気恥ずかしさを誤魔化すためか、愛空の唇がむにむにと動いた。
「愛空」
潔の声が部屋に響くと、愛空はびくりとわずかに体を震わせる。目を開いた潔の顔を見て、愛空の口が誤魔化すように笑みの形を作った。
「起きてたのかよ。仔犬ちゃん改め子狸ちゃんか?」
「まあ、今日はたまたま。それより、もう一回呼べよ」
茶化す愛空の言葉をするりと流して、潔はもう一度、と強請る。それはお願いと言うより命令に近い響きを持っていて、呼ぶまで潔は諦めないだろうと感じさせた。
「仕方ねえなぁ。……潔。これで満足か仔犬ちゃん?」
「そうじゃないって分かってるだろ、オニイサン?」
「……よいち」
名前を呼ぶその声は甘く丸い響きを持っていた。す、と視線を逸らす愛空と対照的に、潔は満足気に頷く。
「良くできました」
「恥ずかし過ぎるだろ……こんな甘えた声だしちまって」
「えー俺は嬉しいんだけど。また呼んでよ。俺も愛空って呼んでるんだしさ。そう気負わずに」
潔の期待に満ちた視線を振り払うように愛空が布団から抜け出した。それを追うように潔も布団から出た。
愛空は潔の要求に、適当な調子で返事をする。
「んー。考えとく」
「それって考えるだけで終わるやつじゃん……!?」
先程までのふわりとした雰囲気はどこへやら。賑やかな二人の朝が始まった。