演劇ネタ〜ぐだクロ編執念の完成〜

演劇ネタ〜ぐだクロ編執念の完成〜


あらすじ:立香達を助けるため、一人ドイツのアインツベルン本家へと戻ったクロ。彼女を助けるべく、立香はイリヤ達と共にアインツベルンの城へと潜入した。そこでクロと再会した立香が選んだ選択は…。


───


「死ぬかと思った…」


軽く悪態をつきながら、身体についたガラス片を払う。

窓ガラスに両足から突っ込み、ガラス片を撒き散らしながら転がるのも危ないが、まあなんとか許容範囲だと顔を上げる。


「…………リツカ?」


───瞬間。

あらゆる瑣末事が、頭の中から消えてくれた。


「───クロエ」


それだけで、ここが敵地であることを忘れた。

少し前の光景が脳裏に浮かぶ。

クロはあんな、作り物の笑顔で、さよならと別れを告げた。今だって、悲しそうな顔を一瞬だけ見せて、その上に作り物の表情を乗せた。


「───呆れた。なんで来たのリツカ。もうあなたの出番なんてないのに、まだ傷つき足りないの?」


冷たい声。

クロはこれまで敵にしか見せたことのない、冷徹な貌を作る。


「───」


慣れている。その背を見たり、肩を並べたりして共に戦っていたのだから。

…慣れているのに…。


「まだ判らないの? アインツベルンのことはわたしに任せれば良いの。これはわたしの役割なんだから、リツカはイリヤ達と一緒に帰って」

「…ッ!」


ぺちん、という音。

クロの痛々しい姿が見ていられなくなって、許せなくなって、思わず頬を張ってしまった。


「この馬鹿! 後始末が役割なんて、言うな…!」


ぽかんとした表情だったクロの顔が、みるみるうちに憤怒に染まっていく。


「な───ひどい! レディの頬を叩くなんて紳士じゃないわ! い、いくらリツカお兄ちゃんでも、わたしにこんなコトするなんて許さないんだからっ!」

「許さないのはオレの方だよバカクロエ! いつもいつも一人で抱え込んで…! …オレはそんなに頼りないか!?」

「っ…」


…オレだって理屈では分かっている。魔術師としても、マスターとしてもオレは頼りない。当然戦力としてもだ。

けれどこの時のオレは、真っ白になった頭で本気の怒りを覚えていた。クロの顔を見られただけで嬉しいクセに。


「な、なによ、わたし怒られるようなコトしてないじゃない! わたしは自分の役割を果たすためにアインツベルンに戻っただけよ! それがリツカお兄ちゃんやイリヤにとって一番良い方法なんだから、リツカお兄ちゃんが文句を言う必要なんか───」

「うるさい! そんなの知ったことか! …クロの役割なんてオレは知らない。オレはただ、オレの大切な人を取り戻しに来ただけだ。…クロがどんなに強がって、どんなに平気な振りをしてても騙されない。きみが少しでも嫌がっている限り、絶対に連れ帰る…!」

「な───つ、強がってるって何よ! わたしは嫌だなんて思ってないわ! 元々“イリヤ”は聖杯の器として鋳造された! イリヤの身代わりみたいになっちゃうのは癪だけど、それで他のみんながハッピーエンドになるなら…」

「それが強がってるって言うんだバカ! …良いか、聖杯なんてどうでも良い。きみはきみだ。“クロエ”としても“イリヤ”としても愛されたいと願う、ただの女の子だ。そもそも、シトナイから話は聞いてるだろ? “イリヤ”にあんな仕打ちをしたアインツベルンなんかほっといて良いんだ。居場所ならもうあるじゃないか! だから自分以外の何かのために、自分を犠牲になんてするな…!」


その言葉は、クロの琴線に触れたようだった。クロのきれいな瞳からはとうとう涙が流れ、柔らかな唇からは罵倒のような理解の言葉が噴き出した。


「ッ…! それはあなただって同じじゃない! 辛いのはリツカの方でしょ!? 強がってるのはリツカの方でしょ!?」

「クロ…」

「かわいそうなリツカ! 人身御供にされて辛くて、戦えなくて辛くて、守れなくて辛くて、人前で泣くこともできなくなって…! なのに……どうして、どうしてそれでもまだ、わたしなんかを想ってくれるの…?」

「───参ったな。オレ達、自己肯定感が低いところまで似たもの同士だったのか」

「え…?」

「好きな人を助けようとするのに……誰かを好きになるのに、大層な理由はいらない。何度も言ってるはずなんだけど」

「───」


感極まった表情で口元を抑えるクロ。

…ようやく分かってくれたか。けれど、クロに涙は似合わない。オレはその小さな身体をぎゅっと抱きしめ、そして…。


「ふぇっ…?」


───キスした。唇同士だけを触れさせる、優しいバードキスだ。


「一緒に行こう。オレは“クロエ”であり、“イリヤ”であるきみを助ける。最初からそう決めてるんだ」

「リツカお兄ちゃん…」

「“クロエ”としての居場所、“イリヤ”としての居場所ならオレが作るから。だからもうアインツベルンとか、聖杯戦争とか、そんなもののために自分を犠牲にしなくて良いんだ」

「…っ……お兄ちゃんっ…」


きゅっ、とクロが抱きしめ返す。震えるその身体はきっと、寒さ以外の要因で震えていた。


「オレはなんと言われようときみを連れて行く。決めたから」

「…ふふ、呆れた。リツカお兄ちゃんには何を言っても無駄ね。ま、ずっと一緒だったから薄々は分かってたけど」

「ああ。こういう馬鹿な男なんだと思って諦めてくれ」

「はいはい」


クロの震えはもう止まっていた。代わりに感じるのは……オレを抱きしめ返し、キスを捧げてくれる、クロの幸福感。あの一方的な別れから久しく感じていなかったものだった。


「…でも、ここからどうするの? この城は冬木に持ち込まれた方の城じゃない、アインツベルンの本拠地。監視の目はもうお兄ちゃんを見つけてるはずよ」


…まあ、クロ以外の視線をバリバリに感じている以上そうだとは思ったが。


「多分、お兄ちゃんだけなら見逃してもらえるけど、わたしと一緒じゃ絶対に逃げられない。アインツベルン製の高性能なホムンクルス、ないしゴーレムに殺されるだけよ。…わたしは、自害すら許されないでしょうね。死んでお兄ちゃんと添い遂げることも許されず、ここに縛られる」

「そんなことには絶対させない。オレ達は一緒に、生きてここを出るんだ」

「お兄ちゃん…」

「行こうクロ。みんなで一緒に帰るんだ」


そうしてオレ達は、望む明日へ向かって一歩を踏み出した。


───


───カーテンコール後…。


「どう、どう!? リツカお兄ちゃんとわたし主演の演劇は!? いやー、わたしの創作の才能ってだいぶ特殊なやつだったのね! リツカお兄ちゃんと二人三脚で初めて開花する才能……ふふ…!」

「うん、悪くないと思う。クロのテンションはともかく」

『私も美遊様と同じ意見です。自分の殻を破りましたね、クロ様』

『でも、イリヤさんは何か言いたそうですよ〜?』

「…あのさクロ。この話のネタ、“イリヤ”が主軸な以上わたしも使えそうなんだけど…」

「魔術師としてのアインツベルンを1ミリも知らないイリヤには無理ね」

「なにをー!?」

「ストップストップ! じゃあオレと一緒に別のネタ考えてみようよ! ね? だから抑えて?」

「…ぅ、うん…♥」

「…立香お兄ちゃん、わたしも混ざって良い?」

『ならルビーちゃんも…』

『私も…』

「ぐぬぬ…! どいつもこいつも二匹目のドジョウを狙っちゃってー!」

「どうどう、どうどうクロ。イリヤ達もヒロインに憧れてるだけだから、ね?」

「…まあ良いわ。トップバッターで良い思いしたのは確かだしねー?」

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