滝落ち後、説教。

滝落ち後、説教。

幸せだった頃のトラファルガー家や拷問された弟君の後日談書いた人

※滝落ち後の妄想。弟君の名前は“ルカ”としてます


「兄さま、そこに正座して」

「は?」


 ワノ国からの出航は、滝から落ちるという前代未聞のものとなった。船体が一瞬宙に浮いた直後、落下。恐ろしいほどの浮遊感に、着水するまでクルーの誰もが死を覚悟した。

 先程、ようやく船全体の点検やクルーの点呼を終えた。幸い負傷者は居らず、ポーラータング号も外板の一部が損傷したが船大工の修理でどうにかできる範囲。船内の備品や医療器具は一部ダメになってしまった物もあったが、比較的買い直しが利きやすいものだけだったので不幸中の幸いだ。

 ……それが、危険な選択を取った張本人へ説教しない理由にはならないのだが。


「……いや、今は“兄さま”じゃないな」

「“キャプテン”。正座、早く」


 流氷の流れる極寒の海に似た冷たい声が、ローに向けられる。前髪の隙間から鋭く視線を突き刺す目は瞳孔が拡大しきって、まるで大きな黒い穴に見えるほど。それは、ルカが激怒していることを示していた。

 ルカの手が兄の両肩を掴んで、床に押し付けるようにギシリと力を込めた。尋常ではない様子の弟に気圧されて、ローの身体は勝手にその場で正座していた。ルカもその場に胡座をかくと、「フゥゥゥゥ……」と重々しいため息を絞り出した。きつく組まれた腕は微かに震え、ビキビキと血管が隆起している。


「キャプテン、僕たちはあなたを信頼してついていってる。これはわかるよね」

「……ああ」

「“ああ”じゃなくて“はい”。正しい返事の仕方はとっくの昔に習ったよね?」

「……ハイ」

「クルーから信頼されている以上、それに応えるのが船長だ……なのにさぁ!」


 声を荒げた直後、ざわりとルカの姿が猫と人の狭間にあるものへ変貌する。喉から「シャァァァア!」と威嚇する声が響いた。


「くだらんアホの挑発に乗ってムキになって、取れる安全策を無視してクルー全員の命を危険に晒す。これが船長のやること?なぁ“キャプテン”」

「…………」


 ぐうの音も出ない、とはまさにこのことだろう。気まずそうに黙りこくったローを呆れた目でしばらく見つめたあと、ルカは静かに人間の姿へ戻っていく。それからきつく組んでいた腕を解いて、正座した膝の上に置かれたローの手をギュッと握った。


「僕だって信頼してるクルーの一人なんだよ……命を大事にする人だって、信じてるんだ。それを裏切るようなことしないでよ」

「……すまなかった」


 ほんの少し前までキツい態度で詰めてきた剣幕とは裏腹に、しおらしく縋ってくる弟を見て、ローから自然に謝罪の言葉が滑り出た。


「ん、僕はいいよ……みんなは?」


 ルカが周囲を見渡しながら呼びかける。ローが気づかないうちにクルー全員が二人の様子を見守っていたようで、あちこちから「許す!」「いいよキャプテン!」「次からは気をつけてくださいキャプテン!!」と声が上がる。


「じゃあ、片付けしに行こうか“兄さま”」

「……返事は“はい”がいいか?」

「いつもの“ああ”がいい。正直、“はい”って返事する兄さまって慣れないや」

「お前なぁ……!」





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