滅却師はみんなこう
空座第一高等学校
授業中の教室にけたたましいアラームが鳴り響く。
「……!」
『…………』
だが、教壇に立つ教師も机に向かい退屈そうに授業を受ける生徒達も、まるで鳴り響くアラーム音など聞こえないかのように黒板を眺めて席についている。
音に反応したのは二人——黒髪にメガネの少年と、長い黒髪を書類用のクリップで雑に留めた少女だけだ。
どちらともなく視線を合わせると、二人は同時に席を立って教室を飛び出した。
ガラッと横開きの扉が滑る音、次いで、廊下を駆ける二人分の足音と教師の怒声が授業中の校舎に木霊する。
「コラァ! 石田、志島、どこ行く!!」
「保健室です!」
『すぐ戻ります』
教室を飛び出した少年達が隣の教室の前を通り過ぎて行くほんの一瞬、黒髪の少女が廊下側の窓から教室の中を見回した。
席についていた橙色の髪の少年が、髑髏マークが描かれた板を手に遠ざかって行く二人の背中を、ぼんやりと眺めていた。
◇◇◇
放課後、夕暮れにはまだ早い時間の校門はにわかに騒がしさを増していた。
空座第一高等学校の校門前には、他校の制服を着た生徒達が集まっている。彼らは皆、バットや鉄パイプなど何かしらの得物を手に物々しい雰囲気を醸し出していた。
水曜ドラマに出てきそうな、いかにもな不良の群の中から、この集団のリーダーと思しき恰幅の良い男が声を張り上げる。
「この学校に黒崎って奴がいるだろう! 出て来おい!!」
学校中に響く大声に、部活動の為に校舎に残っていた生徒達は「なんだ、なんだ」と騒めいて、少しの恐怖と非日常への興奮を浮かべて顔を見合わせていた。
声に釣られ、校舎の物陰から校門を伺う橙色の髪の少年は半目になって呆れた調子で呟く。
「何だありゃ? いつの時代だよ。あんな古風な知り合い、いねーぞ……」
『そうかな。君の知り合いは古風な者の方が多いと思うけどね。一護』
「うおっ!?」
聞き慣れた声が少年の鼓膜を震わせた。
背後から突然、声をかけられた橙色の髪の少年——一護はビクッと肩を跳ねさせて後ろを振り返る。
声の主を確認した一護は肩の力を抜いて溜息交じりにぼやいた。
「びっくりさせんじゃねーよ。カワキ」
『君が勝手に驚いただけだ。それより……あれは? 君を呼んでるよ。知り合い?』
カワキ、と呼ばれた少女は缶ジュースを片手に、つまらない映画でも観るような顔で校門前を占拠する不良の群を見ていた。
いかにもなヤンキー集団と知り合いか、と訊ねられた一護は、心外だと言うようにムッと口を尖らせる。
「知らねーよ。あんないかにもな連中」
『なら、適当に黙らせようか。さっきからうるさくて邪魔なんだ』
「お前なぁ……何でも暴力で解決しようとするのやめろよ。騒ぎになるだろ」
『もうなってるのに?』
ゲンナリとした一護の言葉を聞き流し、カワキは缶に口をつけながら、冷めた目で一護の横に並んで校門の様子を覗く。
肩がぶつかりそうな距離に来て、カワキの方からふわり、と漂ってきた匂いに一護は「ん?」と違和感を覚えた。
「……あっ! おい、カワキ! お前が今飲んでるそれ……」
眉を顰めた一護が何かを言い切る前に、一護の言葉は校門前に屯した不良の叫びに掻き消された。
顔の半分ほどをガーゼで覆われた不良の肩を抱いて、リーダー格の男が叫んだ。
「ウチの奴が、そいつに歯ぁ7本折られたんだよ!! 7本てお前! バカか!! フツー折っても2本とかだろ!!」
心当たりがあったのだろう。
不良の訴えに目を逸らした一護が、納得の声を上げた。
「あー……なるほど」
『へえ。こっちじゃ一度に折っていい本数に決まりがあったんだ。知らなかったな』
「ねえよ、ンなもん」
ふむ、と小首を傾げたカワキが、妙な話を日本の常識だと勘違いして覚える前に、一護は即座に訂正を入れた。
二人が校舎の影で気が抜けるやりとりをしている間にも、不良のリーダーは得意げな顔をして、でっぷりと肥えた胸の前で腕を組んで高笑いする。
「フフフ……どっかで聞いてる黒崎よ! どうやって名前調べたんだとビビってガタガタ震えてんだろう! 甘めえんだよ! テメーはガッツリ顔見られてんだ! 調べはいくらでもつくんだよ!!」
グイッと缶を傾けて中身を飲み干すと、カワキは物好きを見る目で一護を見上げ、仕方がないなと言いたげに溜息を吐いた。
『君は本当に面倒事が好きだね』
「好きで巻き込まれてねえよ。つーか、俺のことよりお前だ。それチューハイだろ」
『こんなの、自販機で売ってるジュースと変わらないよ』
「学校の自販機に酒が置いてあるわけねえだろバカ! どこで買ってきたんだよ!」
口酸っぱく飲酒を叱る一護に、カワキは露骨に嫌な顔をしてそっぽを向いた。
悪戯がバレた子どもが駄々をこねるようなカワキの態度に、一護が溜息を吐く。
その表情は呆れているようにも、咎めているようにも見える親しみがこもったものだった。
一護がカワキへの説教に注力する前に、また不良の声が校舎に響く。
「ともかく、黒崎!」
恰幅の良い腹を突き出して胸を反らしたリーダーの男と、その背後に働き蟻のように集まった不良達が校門を占拠して高らかに宣言する。
「てめーが出てくるまで!! この校門は俺達、宮商が封鎖するぜ!!」
校門前に陣取って決め台詞を吐いた不良達に、鋭い声で待ったをかける者がいた。
「君達! 古臭い真似はやめないか。皆、迷惑してるのが解らないのか?」
不良の群に怯むことなく、校舎の方から足早に校門に向かいながら、少年は言葉を続ける。
「いや、君達は黒崎の友達にしては賢そうだ。僕の言う事くらい理解できるだろ? さあ、とっとと帰るんだ」
「あァん!? 何ンだ!? てめえが黒崎かァ!?」
少年に向かって、不良の群の中から金髪のメッシュが入った男がガンを飛ばした。
男の言葉に、手を門に向けて不良に帰りを促していた少年が、ぴたりと言葉と動きを止めて地を這うような声で呟く。
「……何だと?」
次の瞬間——
少年を睨みつけていたメッシュの不良が顔面から鼻血を噴いて吹き飛ばされた。
手を前にして掌底を繰り出した少年と、地面に転がる仲間の不良を交互に見ながらリーダー格の男が急展開に汗してすごむ。
「な……何しやがんだ!! ナメてんのかてめえ!!」
「舐めてるのかはこっちのセリフだ……。ガッツリ顔を見てるんじゃなかったのか……? 僕のどこが黒崎だ?」
「何だ、このメガネ……!!」
青筋を立てて睨む不良に向かって、腕を下ろした少年が言った。
「前言撤回だ。帰らなくていい。いや一人もここから帰れると思うな」
カワキが校門を指差して振り返る。
『ああ、ほら。やっぱり、これが一番いいやり方だ』
一連の流れを校舎の物陰から伺っていた一護が、苦虫を噛み潰した顔で悪態を吐きながら校門へ向かって駆け出した。
「……あのボケ! 騒ぎをデカくしに出てきたのかよっ!! 滅却師ってのは皆こうなのか!?」
『否定はしないよ。大抵こうだ』
独断と偏見に塗れた意見が、走っていく一護の耳に入ったかは定かではない。
『それにしても……』
どんどん遠くなる一護の背中と、不良の群に囲まれた石田を眺めて、カワキがとうに空になったチューハイの缶を口元で逆さにした。
最後に残った一滴、二滴ほどの雫を舌先で味わって空き缶をゴミ箱に放り投げる。
『“掃除”も仕事のうちなのか……生徒会長というのも大変だ』