滅却師と虚—第二章

滅却師と虚—第二章


黒腔


 黒腔内を激しい衝撃が走り抜ける。

 シエンが数十の触手の先から放った王虚の閃光と、カワキが撃ち放った神聖滅矢が真正面から衝突したのだ。

 並の虚や死神ならば消滅しかねない爆風が嵐のように暗闇を吹き荒れたが————

 幸か不幸か、嵐を巻き起こした二人は、どちらも「並」とは程遠い——それこそ、「化け物」とでも表現すべき存在だった。


 衝撃は一度では終わらない。

 二度、三度——幾度となく、強大な力と力のぶつかり合いは続き、その度に激しい爆風が黒腔を吹き荒れる。

 外と時間の流れが違う黒腔で、カワキとシエンは、既に一時間以上も「殺し合い」を続けていた。


「ハハ……ハハハハハハハハハ! ハハハハハハハハ! 楽しいな! 楽しいよ志島カワキ! この世界に、こんなにも楽しい事があったのか!」


 そう嗤い叫んだシエン。

 鋭い刃と化した数十の触手が、カワキを狙って加速する。

 迫る刃の群れを、カワキは飛廉脚で回避した。

 黒腔を縦横無尽に駆け抜ける重力を無視した動きは、視認することすら困難な速度だったが——カワキは高速の世界の中で、無表情のままシエンに照準を定める。

 動きを止めることなく放たれた凶弾は、容赦なくシエンの触手を穿ち抉った。

 千切れ飛んだいくつもの触手が、黒腔の底に広がる闇へと呑みこまれていく。


『何度も言わせないで。私にその手の趣味はない』


 狂気に侵された笑みで殺し合いを楽しむシエンと、どこまでも冷静に敵を排除する手段として殺し合いを選んだカワキ。

 対照的な二人の戦いは相性の問題か——カワキに分があるようだった。

 シエンは強大な敵と共に死に向かう歓びを感じながら、戦況を分析する。

 ——想定よりもほんの僅かだが、消耗が早い。

 ——滅却師……霊子を奪う力を持つ彼女は、今の僕には天敵だな。

 ——……そろそろピカロを呼ぶか?

 虚圏にザエルアポロが投棄したデータを取りに行かせたピカロを呼び戻そうかと、シエンの意識が僅かに逸れた刹那————

 視界からカワキの姿が消え失せ、耳元で女の囁きが聞こえた。


『……驚いたな。考え事をする余裕があるなんて』

「……ッ!」


 囁きが耳を撫でた瞬間、声がした方向へ勢いよく振り抜いた腕は空を切る。

 一瞬遅れてシエンの腕に裂傷が走った。

 少し離れた位置に立つカワキの手には、青白く輝く刃が握られている。

 頬を笑みに歪ませたシエンが言った。


「君という強者を前にして、戦い以外の事に思考を馳せるなんて……我ながらどうかしていたよ。すまなかった」

『いや、続けると良い。もっとも……その余裕があれば、の話だけれど』


 どういう意味かと、シエンが訊き返そうとした矢先————

 視界の外にあるシエンの触手を、何者かが掴む感触があった。


「!?」


 カワキはシエンの視界の中だ。

 部外者の霊圧は感じない。

 では、己の触手を掴んだのは一体何者か——振り返ったシエンは信じられない光景を目にすることになった。


「……クローンが……!?」


 足場を覆い隠していた無数の死体の山。

 生命活動を停止し、もう動くはずがない骸の群れが——次々と起き上がって、動き出したのだ。

 あり得ない光景を前に、シエンは大きく目を見開き、動き出した死体を凝視する。

 暗闇に目を凝らすと、動き出した死体には、操り人形の吊り糸が繋がっているのが見えた。

 それはピアノ線のように細い霊子の糸。

 カワキが白い指先を動かすと、操られた肉人形が一斉にシエンに殺到した。


『潰す』


 押し寄せる一体一体の攻撃は、シエンにとって然程の危険ではなかったが、本物のカワキが攻撃に混じることで、その脅威は跳ね上がる。

 ——滅却師にこんな能力があるのか!?

 ——ああ、だが……もうそんな事はどうでも良い!

 シエンは恍惚とした表情で、自らの身体から噴き出る血を眺めて、賞賛の言葉を口にした。


「素晴らしい……」


 圧倒的な力。

 これ以上なく死を身近に感じて、シエンは愉悦に酔いしれる。

 だからこそ——この感情を、この楽しみを、この歓びを——カワキと共有できない事が、シエンは口惜しくてならなかった。

 ——彼女はまだ本気を出していない。

 ——いや……今の僕では、彼女の本気を引き出すことができていないんだ。

 カワキはシエンに、至福の時間と共に、生まれてきた意味を与えてくれた。

 だというのに——自分の力が足りない為に、彼女に同じ歓びを返せない。


 運は力不足を嘆くシエンに味方した。


「あったよ、シエンー」「見つけたよ!」

「あれ、なんか遊んでる!」「いいなー」


 黒腔の口が開き、ピカロ達が現れる。


『あれは……』


 ピカロの一人が奇妙なものを持っていることに気付いたカワキが、シエンとの接触を阻止しようと動くが——即座に放たれたシエンの虚閃で、妨害は失敗に終わった。


『……ちっ』

「ああ、丁度よかった。そろそろ呼ぼうと思ってたんだよ」


 ピカロから半透明の球体の中に、別の色の球体が揺らめく謎の物質を受け取って、シエンはそれを握り潰す。

 シエンが溢れ出る「データ」の塊を吸収した次の瞬間——黒腔に霊子の波動が爆発的に広がった。

 先程までとは異なる霊圧を纏うシエンを前にしたカワキは、クリップで留めた黒髪を霊子の波動に揺らしながら、涼やかな声で呟いた。


『随分と強くなったね……羨ましいよ』


 穏やかな顔で微笑んだシエンは、心の底から嬉しそうに言葉を紡いだ。


「ああ……これで、君にこの歓びの返礼ができる……」

『要らないよ。お礼なら、君の命で払ってもらうから』


 取りつく島もないカワキの言葉に気分を害する様子もなく、シエンは死の臭いを色濃く漂わせる霊圧を纏い、微笑んでいる。

 おもむろにシエンが口を開き、カワキに語りかけた。


「君が何者かも、その力の正体も……僕にはわからない。だけど……君がまだ、力を隠している事はわかっているつもりだ」

『……言った筈だよ。私は君の強さを相応に評価している、と。手を抜いたつもりはない』

「…………」


 静かな声でそう答えたカワキに、シエンはただ一言懇願する。


「使ってはくれないか?」

『使わせてみると良い』


 即応したカワキに、シエンはあることを悟った。

 ——そうか、まだ「足りない」のか。

 動きをピタリと止めたシエンは、俯いたまま、不自然なほど穏やかな声で呟いた。


「……そうだね、わかったよ」


 鋭く尖った触手の一本一本に邪悪な霊圧が収束されていく。

 きゅっと目を細めたカワキもまた、黒腔の霊子を自らの武器に収束させる。

 場が張り詰めた静寂で満たされ、そして————

 シエンが顔を上げた次の瞬間——虚閃と斬撃を組み合わせた無限の連撃がカワキに押し寄せた。


「もっとだ、もっと派手に殺し合おうじゃないか、志島カワキ!」

『これだから戦闘狂の類いは……』


 残酷な笑みで触手の先に捕らえたピカロ達の霊圧を喰らいながら、シエンは狂気に満ちた欲望のままに力を行使する。

 カワキは、ピカロを攻撃に巻き込むことへの躊躇など全くない剛撃で迎え撃った。

 狂気の熱に浮かされたシエン、凍るように冷酷な殺意で応じたカワキ。


 反発する力のぶつかり合いは周囲の霊子を歪め、黒腔を形作る空間の壁そのものに亀裂を生みながら続いた。

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