溺死ゾンビ

溺死ゾンビ


よく、鳥になりたい、なんて例えを聞く。

自分は逆だ。

魚になりたい。この世はヒトが生きるには、どうにも酸素がなさ過ぎる。

泳ぐのが上手い人は酸素を吸える。いとも容易く上へと行って、何度だって息継ぎできる。


泳ぐのが下手な自分だけ、下へ下へと消えていく。

溺れて、沈んで、底に伏して。


永遠に水面を羨むだけ。




グギュルルル、と鳴る腹の音で目が覚める。

それでも良いやと、布団を被る。

ジリリリリリ、と鳴る時計の音で頭が冴える。

それでも良いやと、寝返りを打つ。

ドタドタドタ、と近づく足音でもう寝れないと悟る。

来るまで良いやと、力を抜く。



「起───────き・な・さぁぁぁぁいッ!」


寒さに晒され、眼を開く。

白い髪の赤い瞳が、自分を見つめていた。



「おはようございます、ポラリスさん」

布団から出て畳みつつ、北極星の名を持つ彼女と挨拶を交わす。ふん、と鼻をならしながら、彼女は居間に来るよう促す。



「ったく貴方もいい歳なんだからもう少し早起きの習慣ってのを付けてほしいわね本当せっかくアーチャーなんて当たりを引き当てたんだからもう少し自主的に動いてくれれば私だってもう少し楽になるし昨日だってアーチャーとの偵察中にあのサーヴァントと遭うこともなかったのに云々…」


津波のごとく押し寄せる説教をウンウンと首肯しつつ、美味しそうな香りの漏れ出る扉を開く。

「はい、早く座って食べる。配膳してくれてありがとうねアーチャー。バーサーカーは…庭で土いじりかしら」

女性とは、こんなにも喋るものだったか。自分の今までの人生は漠然としたモノで、女性がどんな性格であったか覚えていない。

…少なくとも、僕の母は…

「どう?美味しい?」「はい、美味しいです」

食事のたびに味の是非を聞いてくる人ではなかったと記憶している。



 

「さて…食べ終わった所で、早速情報を整理しましょうか」

ポラリスさんは机の上に画用紙を広げて、鉛筆でなにやら書き込み始めた。

「聖杯戦争ってのは、元々7騎のサーヴァントとマスターが争うモノなんだけど…多分この聖杯戦争は多くても5騎くらいの規格に収まると思うから…」


1.私(ポラリス)・バーサーカー

2.東海水琴・アーチャー

3.不明・セイバー?

4.女の子・不明

5.いるかどうか不明



「昨日水琴にも話した赤い騎士は双剣を使ってたから多分セイバーね。そしてあの女の子が喚び出すとしたらランサー、キャスター、アサシン、ライダーの内のどれかか…」


「アサシンかキャスターだとしたら厄介ですね。ポラリスさんはともかく僕に自衛能力はありませんから」


「そうね…ならアーチャーにここを守らせるしかないか……いざとなれば狙撃もできるし…貴方が魔術工房を築ければ良かったのだけど」


そう言ってポラリスさんは立ち上がり、買い物袋を持って玄関へと向かう。

「バーサーカー!買い物行くから付いてきなさい!二人は…取り敢えずは待機で良いわ。襲われたら対処お願いね」


ガチャンと扉が閉じる音が聞こえて、同時に庭に在った気配も消え去って、後は僕達二人と静寂が残された。


「……………………」

アーチャーは何も言わず、丁寧な手つきで朝食の片付けをしている。洗い終わっても、彼は何も言わず、僕の隣にいてくれるだろう。







この空間が好きだ。

深海のように静かで、それでも誰かが隣にいてくれるこの空間が。

溺れて一人になった自分の周りに誰かがいてくれるのに、安らぎを感じられた。



自分は魚になりたいのではなかった。

全てを包みこんで、共にいられる、海に。

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