温度とフワフワ、石鹸の匂い

温度とフワフワ、石鹸の匂い


ウタにとって、ルフィが初めての同世代の友達だとしたらナミはそれの最初に【同性の】がつく。

大切な仲間であるのは勿論であるし、自分の方が歳上ではあるけど人形時の時から解れた所や破れた所の修復や人形用の服を作ってくれたりと…お世話にもなっていてどっちが姉らしいかといえば多分ナミだろうなとウタは思い返して苦笑したのは一度や二度ではない。

そんなウタはふと人形時の時の事を思い出す。偶に、偶ぁに疲れたナミが自分に愚痴を零してくれたり、寝る時や洗濯後乾かした自分を抱きしめて「フワフワね」とか「今度は花の匂いの石鹸で洗ってみる?」とか言ってくれた時のこと…

改めて自分の体に触れる。人形にされる前よりずっと成長し、少し栄養失調気味だった時と比べればちゃんと女性らしい体つきに戻ってはいる。が…


「…フワフワじゃない、よね」


むにむにと自分の手や顔を触る。柔らかいかもだけどやっぱり違うし、綿しか詰まってなかった時と違って当たり前だけど骨がある以上ぎゅっとしたら固い気がする。

意を決した様に、窓の外へ目を向ける…次の街に降りたらしたい事が、ウタには出来たのである。


「え?買い物…一人で?」

「…うん」


街の買い物で、ウタが個人行動を取るのは一応初めてではない。だが、どうやら服を買いたいと聞いて、それこそ自分達と一緒でいいんじゃ…とナミは思った。

何故ならウタは…その、部屋着のセンスが個性的だ。少し、とても…。この前なんて骨付き肉が前面に描かれてると思って通り過ぎたら背中にはベジタリアンと書かれてるTシャツを着てた為にロビンが二度見では信じられなくて能力を使ってもう一度見たレベルだった。

何処で見つけて来るんだろう…

だからこそ外で着るものは…とナミやロビンが幾つか繕って、その中から(布面積が多いというか布そのものだったからか)あまり露出が激しくないものを選ぶのがウタの服選びの定番コースだった。だから今回の提案はちょっと驚いたが、でも自分の好きなものを着たい時もあるだろうとナミは納得した。

贅沢したくても出来なかった彼女の金銭感覚は放っておけば幾らでも肉に注ぐ我等の船長兼彼女の幼馴染と比べればあまりに控えめなのでお小遣いを無駄に使うこともないだろうと思い、ほんの少しだけいつもより多めにお小遣いを渡して送り出す事にした。さてさて今度はどんな珍妙Tシャツを買ってくるか…それともパンケーキに目が眩むか……そんな想像をしてナミは楽しげに笑みをこぼした。


その日、見るからにウキウキしているウタが買い物袋を抱えて船に戻ってきた。甲板で出迎え、良いものは買えたかと聞けばニコニコと首を縦に振るので、よかったわねとナミは応えた。ずっと人形で、人として精神を成長させるべき期間を置き去りにしてしまったウタは自分の子供好きの判定に引っかかることがある程度には、やや幼い印象がある。

だからなんだと言う話かも知れないが、まぁ…つまるところ甘やかしてしまいたいと思う事が多い。

自分の故郷でも、キィキィとオルゴールの音を奏でそばにいて支えてくれた大事な仲間であるし、彼女の方が歳上なのは知ってはいるのだが…本人が嫌がっていないうちはこのままでも良いかと考えてナミはクッキーと一緒に紅茶でも飲みつつ買い物の成果を聞こうかなとお湯をもらいにキッチンに向かうのだった。


女部屋にポットを持って向かうと、ふと違和感を覚える。なんというか、静かだ。

買ったものを整理してるか何かで彼女の鼻歌なり衣擦れの音なりするかと思っていたので意外である。もしかして疲れて寝てしまったのだろうか…?


「ウタ?入るわよー?」


そうやって中に入った途端


「ナミーー!!!!」

「きゃあ!?」


視界にピンクが映ったかと思えば急に抱き締められる。驚かない方がおかしい。

慌てて近くのテーブルにポットを置いて抱きついてきた相手を改めて見ると、ピンクのクマだった…が、さっき明らかに良く知る声がしたので察したナミは声を上げる。


「ちょっとウタァ!!危ないでしょ!!」

「ご、ごめんなさい…」


慌てて離れて素直に反省されるので、思わず怒りがスッと溶けてしまう。冷静になって改めてウタを見ると、彼女が着ていたのはクマの様なフード付きのピンクのスタジャンだった。色んなところにポップなデザインのワッペンが付いていて…可愛いというのがストレートな感想だった。

ダボっとしていてフードを被れば彼女の特徴である髪も顔も隠れるし、腕に至っては完全に見えないレベルで大きなサイズで彼女の細い体躯が少し際立つ。


「それを買いに行ってたの?」

「うん。中々コレっていうの見つけるの大変だったけど…なんだっけ、セ、セサミ…オーバー?」

「…セミオーダーの事を言いたいの?」


ゴマを超えてどうする!!という脳内のツッコミを言えば話が脱線しそうでグッと我慢した。


「それ!色とかワッペンとか決めて頼んだんだよ。どう?」

「ん、可愛いじゃない」

「えっへへ」


意外とちゃんとしたデザインも選べるのを知れてホッとしたのも束の間であった。


「ナーミィイ!」

「ええ!?ちょ、待ってウタ倒れ…!」


お構いなし、仕切り直し、そう言いたげにまたウタに抱きつかれて今度こそ支えきれずベッドにボフッと倒れた。

一体全体なんだというのか…人間に戻った時にも突拍子のない行動を良くしていたが今回は三本の指に入るレベルで分からないナミはただ困惑した。


「どう?」

「何が?!」

「この服、フワフワでしょ?」

「?フワフワ…??」


そう言われて改めて腕のところ等に触れる。オーバーサイズのそれは中に綿でも仕込まれているのか、確かに柔らかな印象を受ける。モフッというのが近い気もする。

ただ、だから余計にそれがどうしたというのだろうとハテナが更に浮かぶ。


「ナミがさ、人形だった頃よく私を抱きしめて寝てくれたり、愚痴を聞かせてくれたりしたでしょ?」

「…あったわね。懐かしい」


まだ本当に旅も始まりの頃、ルフィが言うには女の子らしい動く人形。という認識であった頃、不器用なルフィの修復の痕が見てられなくて直したり、洗濯して干されてる間、暇だろうと話しかけて相手をした。

そして女の子だから、女部屋で共に寝ていた事もある。キチンと、ナミはそれらを覚えている。

それを伝えると、満足げに笑うウタは口を開いた。


「人に戻ってから、ナミ、あんまり愚痴も聞かせてくれなくなったし…私を抱きしめて寝ることもなくなったからさ」

「あー…」


なんとなく合点というか、絡まった糸が解ける様にスルスルと理解が進んでいく感覚がした。

つまるところ、この子は「また人形っぽい格好したら同じ様に接してくれるのではないか」と思った訳である。


「私にとっては数少ない役割?楽しみ?みたいなものだったからさ、ナミの役に立ててるかなと思えば愚痴くらい聞くし」


ポフリ、と隣に寝直すウタ、フードは既にずれて彼女の紅白色の髪が覗いている。


「嫌な夢とか、不安があるなら抱き枕位にはなるよ。サイズアップもした事だしね」


ルフィが言っていた。ウタは人の辛さを汲み取る事が人一倍出来る子だと。

存外、この子はこの子なりに、歳上らしいかはともかく私に気遣いをしたかった様だ


「もしナミから無理でも今なら私からでも出来るんだからね〜」


そうしてギュウッと抱きしめられる。人形の時とは違い、この子自身の体温と、いつだったかプレゼントした良い香りの石鹸の匂い…なんというか、ここまでされて無下にするのは違うくらいナミにも分かった。

ナミも自分からウタに抱き着き返してニカッと笑う。


「ならちょうど良いわ。昨日私不寝番だったし、このまま少し休みましょ」

「え?…良いの?」


多分この子が言いたいのはさっき私が持ってきたポットの事だろう。自分でここまではしゃいだんだろうに…と苦笑してしまうが苛つきはない。それにもうもう多分適温は過ぎてるから良いだろう。


「良いのよ、後でサンジ君に改めて美味しい紅茶淹れてもらいましょ」

「ふふ、そうしよっか!」


そうして二人で眠くなるまでポツポツ色々話す。男共への愚痴とか、次の旅先の話とか、今までの思い出話とか。ただ聞いてもらってた時もありがたかったけど、こうして短くも返事がくるのも悪くないわねとナミは次第に沈む意識の中思った。


そうして二人が寝落ちした頃、静かに咲いた腕が二人に毛布をかけ直したのはこの船の女部屋だけの秘密のままだ。

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