渋谷事変のモブ一名
死亡まで俺はそこらの人間とは違う、アニメのモブ、ドラマのエキストラなどとは違う。
俺はこの世界で、とても順調に進んでいる。まるで漫画か何かの主人公かのように
そう、俺はきっと、何かの主人公なんだと思う。バイトでは大成功、会社には落ちまくっているが、そこもまた主人公らしい。お金だって溜まっているし、彼女も居る。それも2人
順風満帆。正にその言葉が正しいようなそんな人生。今日はスタイルが良い方の彼女と渋谷でデートだ。金もあるし何かプレゼントでも買ってやるか
そんなことを思って店に入ると、もう1人の彼女が居た。うわ、面倒だなと連れた彼女の手を引いて外に行こうとすると、その彼女は不思議そうに首を傾げて一言喋る
「なんで?別に、元カノでも見かけた訳でもないでしょ?」
その言葉、その言葉の持つ握力に負けて、そうだなと店を回る。バレないように小声で喋っていると、連れた彼女が風邪でも引いてるの?と、名前を呼んでくる
バレるだろ!黙っとけ!とも言えず、ひとまず一番安いネックレスを買って手早く店から出たい。そう思い連れてきた彼女にこれで良いかと聞こうと振り向くと、連れて来ていない方、顔が良い方の彼女が背後に立っていた
「さっき名前が聞こえて、もしかしてって思ったんだ。この子誰?妹?」
あの時押されずに逃げ出せば良かった、そう思う他ない程度には強い圧を俺に飛ばしてくる彼女、くっそ、機嫌が良いからって不用心な行動を取るんじゃなかった
修羅場も主人公っぽいと言えばぽいんだろうが、俺の思う主人公像とは少し違う。まぁこういったことを受け入れるのも主人公の定めなのだろうか?
さて、この場合なんて答えるのが正解なのだろう。彼女だよ?連れて来た方の好感度は稼げるかもしれないが聞かれて答えるものにしては流石に流石に過ぎる。じゃあ、妹だよ?それもそれで、全然似てないし、なんなら髪質から顔のパーツまで全然違うし、嘘だとわかるだろう。そんな風に俺が悩んでいる内に彼女達で会話が済んでいたっぽい。左頬をビンタされ、
「確証が持てないし、って思ってたけど確証しちゃった。あのさ、別れよう?」
と切り出され、その後には右頬をビンタされて
「ごめん、話聞いた。流石に付き合い切れない。前から薄々気付いてたんだけどさ、流石にこれはもう誤魔化せないや。じゃあね」
と、手を振り、もう1人の肩を持ち離れていく。崩れる時は一瞬とは言うが、こんな酷い悪趣味なピタゴラスイッチみたいに崩れることなんてあるんだな。去って行く彼女達はスマートフォンを覗き合いながら互いに笑顔を見せていて、自嘲じみた、悪役のような笑いをこぼす
自分の趣味は性格面だと似通っていたのかも、なんてことを考えて、手に取った安いネックレスを棚に戻す。そのまま、店員のいつもの挨拶と元気な声に罪悪感を覚えながら店を出た
あ〜、なんで俺がこんなことに、と思いつつも、もう仕方がない。終わったことだ。ここで切り替えて良い結果を出すのが主人公。主人公、でも疲れる時はある。電車に乗ろう。今日は家に帰ろう。そう、一人言を呟いて渋谷駅に向かう。浮いた金で何か買って帰ろうか
少し進んだ所で、そうだ電話番号やライン、その他連絡手段なども、消してしまおうとスマホを手に取り、圏外のマークに気がつく
駅構内って普通Wi-Fiが通っているものなんじゃないのかと、イラつきながらも手早く指をスライドさせる。今電話が繋がれば最後に恨み節でも話が出来たろうにと、少しだけ
そういえば、今日は嫌に人影が少ないような気がする。まぁ渋谷に来たのは久々だし、最近はこんなもんなんだろうか。場所が場所だから人が少ないのかもしれない
にしても、電車が遅いな。時刻表を見る限りだともう来てる筈なんだが、まさか俺、壮大な何かに巻き込まれているのか?これが、主人公の定めだって言うのかっ!
なんて独りでやっていると、列車の光が見えてくる。遅かったけど事故の噂は聞かなかったな。なんだったんだろうか?
そうやってホームのベンチから立ち上がり、電車のドアの方へと寄ると、電車の窓から見えるのは、異常な形をした、
人間?
ハロウィンの仮装だろうか、にしては不気味過ぎる。でも、そうでないとすると、理由が思いつかない。そんなことを考える間に列車のドアは開く。漂う異常さに逃げ出そうと後ろを向くと、足が絡まり、もつれ、転ぶ
人間、仮装をした人間だと思いたいものが列車から降りて、近づいてくる。悲鳴が聞こえる。どこかから、聞こえた悲鳴に怖くなった
近寄ってくる。足を、違う。手を、手をついて、勢いをつけて、足を地面へ止めて、走らないといけない筈なのに、逃げなければいけないと思うのに、ああ、こうなると、こうなってしまうと、どうも動けない
いつもは、いつもだったら、華麗にピンチを切り抜けられる筈なのに。なんて、硬直してしまったような頭で考えて、あ、だめだ。今の俺って、逃げられないんだって、理解する
そうやって、もみくちゃにされていく。ぐちゃぐちゃにされてゆく。意識が妙にはっきりしていて、そんな頭に走馬灯が、鮮明に流れて
今からの解決策などあるはずもないのに、こんな状況になったことなんて一度たりともないのに、流れ続ける
彼女達と、付き合った日が鮮明に、その笑顔が鮮明に、その言葉が鮮明に
ここまで来て、罪悪感なんて感じさせないでほしい。俺の方も、ここまで来て罪悪感なんて感じないで欲しい。どうせなら、そうだ、どうせなら、恨んで終わりたい
そうやって、そうやって走馬灯が流れていく。数秒の筈なにに何十年にも感じて
早く、早く、死なせてくれ。早く、早く、俺は、恨みを言う人間じゃ、ない
きっと、最低だという自覚はあった。きっと、言うべきではないと思った
きっと、しょうがないと言い訳をした。きっと、きっと、そう、きっと
どうせ、何を言ったって、主人公のようには生き返れない。嗚呼、だから
呪ってしまおう。望んでしまおう。祈ってしまおう。そして、言ってしまおう
ぐちゃぐちゃにされた無様であろう顔と、声とも言えぬような無様な音を垂れ流す口を、使う。微笑んで、微笑んで、言う。ひとこと
『彼女達には、俺より悲惨な幕引きを。』
最期に願うにしては、とても汚いものだけど、
今、気がついてしまったから。今、そう思ってしまったから
主人公じゃなかった、凡一般人の最期の言葉