渋谷事変 ―天変― 破
黒川の肌を刺す寒風の如き眼差しを受ける宿儺は、余裕たっぷりに顎へ手を添えて口を開く。
「返せ、か。異なことを言う」
人間はいうまでもなく、並の呪霊(バケモノ)でも成す術のない災害の化身たる彼女を前にしても自然体。
その傲岸さこそが彼を“呪いの王”たらしめる所以。
張り詰めていく緊張。
揺れるものが、黒川の長い髪、スカートの裾、宿儺の髪、学ランの裾とどんどん増えて、風はあっという間に常人では立ってもいられない程の強さに変わる。
その内、建ち並ぶビルすらも巻き上げて飛ばしてしまうのではと思わせるような、小さな竜巻を見て宿儺は。
「欲しければ自分で取り返せ」
まだまだ足りないと笑ってみせた。
以て、交わすものが言葉から呪いに変わる。
構えを取る黒川と宿儺。
ザリッ、と両者の靴がアスファルトに擦れる音が鳴る。
「ぬぅああああああ!!!」
そして、自分が打ち込まれたビルを熔解させた漏瑚の灼熱の津波が、人外魔境と化した渋谷の頂上決戦、その開戦の狼煙を上げた。
風。炎。不可視の刃。
それらの破壊が飛び交う様は、非術師には終末にでも見えたことだろう。
尤も、この戦いが見えるような所になんの力もない人間が居れば、そのまま巻き添えで骨も残っていないだろうが。
「ホアァ!」
漏瑚が炎を束ね、掌から熱線を放つ。
しかし、熱線は標的である黒川の間近でぐにゃりと軌道が歪み、彼女の周囲を一回転して漏瑚へ戻ってきた。
「ぬおぉ!?」
大地の呪霊で、かつある程度熱への耐性を持つ漏瑚でも自身の攻撃がそのまま返ってきて無傷では済まない。
空中で身を捩って、腕が消し飛ぶだけで抑えた彼に、黒川はお返しとばかりに掌を向ける。
「――!?」
すると、見えない壁かと錯覚する圧力の風が漏瑚を捉え、マグマに覆われた地上へ叩き込んだ。
赤い海が聖書の伝説のように二つに割れ、飛沫を散らす。
(これが黒川蘇我! 五条悟に次ぐという特級術師……!!)
荒れ狂う台風と化した黒川。それに斬撃を飛ばして応戦する宿儺。
灼熱の海と化した地上を眼下に空中戦を繰り広げる二人を見上げて漏瑚は歯噛みする。
思い出すのは、この渋谷で計画を始める直前のこと。
『えっ、僕行けないの?』
『居るだけで周囲を汚染してしまう君がいると、五条悟も形振り構わず領域を展開して呪霊(キミら)を祓うことを決めるだろう。作戦が成立しない』
目を丸くする鏖華に、低級呪霊越しに話す夏油はにべもなく告げる。
『そんな感じでいっつも留守番じゃん僕!』
『我が儘を言うな塵華』
『いやいや漏瑚、鏖華の気持ちわかんないの? 仲間外れは寂しいでしょ?』
『まさかこの前の襲撃のことを言っとるのか真人、寂しくなどなかったわ!』
『渋谷で戦いってなれば術師も集まるでしょ!? 僕も蘇我ちゃんに会~い~た~い~!』
呪霊一派の一員である鏖華。
彼(?)は真人よりは発生が早かったものの、漏瑚や花御に比べれば遥かに若い呪霊だ。
だからといって子どものようにも、子どもっぽくなれとも思ったことはないが。
床に寝転がって駄々を捏ねる様はまさに糞餓鬼。
そろそろ自分が噴火しそうだと漏瑚が思ったその時、夏油がなんでもないように鏖華へ言う。
『ん? 黒川蘇我は渋谷には来ないよ』
『は?』
途端に声から抑揚が消え、振り回していた手足もピタリと止めた鏖華が顔だけを向けてくるのに、夏油はそのまま話を続ける。
『少なくとも、渋谷の決着が着くまではね。全国各地で特級案件を起こす。ただでさえ人手不足の呪術界に、五条悟を送っておいて彼女まで渋谷に行かせるなんて贅沢する余裕はないさ』
『……逆に言えば、終わったら蘇我ちゃんも来る?』
『多分ね。安心しなよ、頃合いを見て呼んであげるから』
『絶対だよ夏油! ああ、楽しみだなぁ!』
その後、勢いよく飛び起き、ひっくり返ったような上機嫌で自分たちを見送った鏖華――はどうでもいい。
肝心なのは、夏油の言葉。
(この女は渋谷に来ないのではなかったのか、手を抜いたか夏油め!? ……いや、まさか、片付けたのか? 全てを片付けてここへ飛んで来たとでも!?)
漏瑚の想像は当たっている。
夏油の仕込んだ全国各地の、対処に特級術師を必要とするほどの呪霊たちを放置すれば、起こる人的被害は計り知れない。故に黒川は全力で呪霊の全てを祓い、後顧の憂いを絶って渋谷へやって来たのである。
『天道』黒川蘇我は
全国で解放された特級及び一級呪霊合計21体を
発覚から約3時間で祓除!!
彼女はその強行軍を果たした上で、この魔境の戦いを休む暇なく繰り広げているのだ。
「『解』」
自らを襲った竜巻を斬撃で消し飛ばし、次いでその主へと追撃を放つ宿儺。
黒川はそれを、身に纏う風の障壁で受ける。
瞬間、虚空が爆ぜた。まるで透明な風船が破裂したように。
斬撃の着弾箇所に呼応して、障壁から呪力がピンポイントで吹き出した。
「成る程成る程、見た目は落花の情に似ている」
ただ硬い鎧で受け止めているのではなく、障壁そのものが攻撃を迎撃しているのに近い。
宿儺はこの防御に単純な呪力量以上の仕掛けがあることを見抜く。
彼らを見上げる漏瑚はそれ以前のところで戦慄していた。
宿儺の斬撃を防ぐなど、防壁の構造のからくりを込みにしても相当の呪力が必要だろう。
凄まじいのは、黒川がそれを展開しながら滞空するために、平行して足場となるほどの莫大な風を足下に留めていること。
彼女の非常に優れた呪力効率の賜物と言える。
「では、毬(いが)を剥ぐか」
しかし、宿儺はそれを真正面から喰らいに行った。
彼は空を蹴って黒川に飛び掛かる。幾重もの斬撃を、彼女のバリアの一点に放ち続けながら。
絶え間なく黒川の呪力が吹き荒れるのにも構わず突っ込んだ宿儺が拳を突き出す。
「!」
黒川のバリア。
それは五条の無下限呪術を目標に、彼から教えられた御三家秘伝の“落花の情”を参考して編み上げられた防壁。
『これ御三家秘伝ね。要領は教えたし、次戦るまでに頑張って覚えてねヨロシク~』
『攻撃を自動迎撃する呪力操作のプログラムとか意味わかんないんですけど! ごじょさん!? 居ねえ!』
そんな、ある日の模擬戦終わりに五条から振られた無茶の結晶である。
絶えず彼女の周囲を循環する、幾重にもなる呪力の層が触れたものをその高速回転で弾く。
加えて、強力な攻撃で層を破壊された際は、風船から圧縮された空気が勢いよく抜けるように内側の層の呪力が噴出するという二重構造。
この呪力層は黒川が呪力を放出して新たに生成できるため、幾度攻撃を加えても延々と新たな防壁を作られ、いつまでも彼女に攻撃が届かない――ある種の無限の防御であるのだが、ここに例外が存在する。
宿儺の圧倒的なまでの攻撃の数。密度。
それらは、黒川が呪力で新たな層を生成するよりも早く防壁を剥ぎ取っていき、ついに宿儺の拳を素通りさせる穴を作ったのだ。
「テレフォンパンチですね」
「ケヒッ!」
しかし黒川は眼前まで迫った拳を掌で易々と受け止める。
天与呪縛のフィジカルギフテッドにも迫る身体能力を備えた、虎杖の肉体の一撃を。
受け止められた宿儺が笑う。
この至近距離ではもはや防壁は用を成さない。
だが黒川の基本戦闘スタイルは、五条をも凌ぐ身体能力・格闘能力を莫大な呪力で底上げするパワープレイ。
彼女にとっても接近戦は望むところ。
そのまま空中での殴打と蹴りの応酬となった。
斬撃が織り混ぜられる宿儺の体術。
並みの者なら両断される斬撃を黒川は時に肉体の強化で最小限の傷に抑え、時に常識はずれした空中機動で躱して掻い潜って宿儺へ反撃を打ち込む。
(やはりこの女も反転術式が使えるか!)
致命の深傷ではないとはいえ、血が噴き出す程の裂傷が拳を交わす間に塞がるのを見て、宿儺は歯を見せて笑う。
白熱していくその場へ、両手に炎を灯した漏瑚が飛び込んだ。
「宿儺ァ! 儂との話、忘れてはいまいな!?」
「くどい。二言はないと言ったぞ」
「ッ! ぬぁあ!?」
宿儺の返答を受けた漏瑚の両手首から先が、炎を放とうとした瞬間に落ちる。
続けて胸ぐらを掴まれ、黒川へ投げつけられた。
「ぐふ、ごがっは!」
飛んできた漏瑚を黒川は当然、躊躇なく殴った。投げ飛ばされた自身の慣性と打ち込まれる拳に挟まれ、普通に殴られる倍の痛苦に漏瑚は口から血を散らせる。
「ヂィッ……ぬえぇい!」
両手の再生が間に合わず、頭の火口から放った苦し紛れの熱線も黒川ではなく地上に大穴を開けるに留まり、くるりと空中で逆さになった彼女の回し蹴りを顔面に受けて宿儺へと打ち返される。
ただの強化ではない。足に追い風を乗せ、加速させた蹴りだ。
もろに喰らって吹き飛ぶ漏瑚は宿儺の裏拳で直角に軌道を変え、幾つもの建物を身を以て撃ち抜きながら姿を消した。
「些か暑苦しいところだった。いい風だな」
手近な建物に一度着地し、風を浴びてほくそ笑む宿儺。
対する黒川の表情は無。彼の言葉に反応を示さず、再び接近して拳を振るう。
それを掌で受け止められると、腕を軸にして縦に回転。
背後に回って後ろ回し蹴りを叩きつけようとして、二人が戦う舞台が遠方から飛来した炎の弾幕に一瞬で吹き飛ばされた。
飛び上がって空中戦に移行した二人を睨む単眼。
生み出した蟲に自らを運ばせて飛ぶ漏瑚がビルの陰から姿を現し、二人の周囲を旋回しながら火炎弾を連射する。
「ヌオオオオォォオォッ!!」
断続的に鳴り響く、機関銃の掃射を思わせるけたたましい音。
上下、前後左右、あらゆる角度から火炎弾が襲い来る弾丸雨注の状況でも構わず格闘戦を続ける二人の動きはあまりにも洗練されていて、まるで流麗なダンスのようにさえ見えた。
飛び交う弾は時折、空気の防壁で受け止められて空中で花火のように炸裂する。
一発でも当たれば人体を容易く消し飛ばす炎の弾丸も、落ちれば骨すら残らない火の海も、今は夜空と彼らを照らし出す明かりでしかない。
「なかなかいい景色だとは思わんか? 少しは笑え、黒川蘇我」
「あなたが今すぐ虎杖君に身体を返すなら考えます」
「できん相談だな――っ?」
愉しげな宿儺の言葉を切り捨てて黒川は右の拳を突き出す。
それをこれまでのように受け流そうとした宿儺だが、突然身体が拳へと吸い込まれる感覚を覚えた。
ただでさえ、踏み締められるまともな足場のない空中。宿儺の体勢が崩れる。
真空。
一般的には、通常の大気圧よりも低い圧力の気体で満たされた空間を指す。
これが開放されると、外気は気圧によって、周囲よりも極端に気圧が低い真空空間に押し込まれる。
端からはまるで真空に吸い込まれたようにも見えるこの現象。
五条が“蒼”を利用して行う“相手を吸い込む”打撃を、黒川は拳の周囲に真空を作ることで再現していた。
宿儺はこれを、呪力を集中させた胸で受ける。
ゾンッ!
さらに、胸板に突き刺さった黒川の右腕に指をなぞらせてカウンターの斬撃を放ち、斬り裂いた。
壊れた水道管のようになった腕から噴き出す黒川の血が、二人を離れて高温に熱された大気に触れ、即座に音を立てて蒸発する。
口元に付着した血を満足げに舐め取りながら、宿儺は黒川の大気を震わせる衝撃波に身を任せた。
「くぅぅ、すくっなぁ!?」
その行く先は、衝撃波の余波で高度を維持するのに精一杯になっていた漏瑚。
漏瑚は突然眼前まで飛んできた宿儺の背中へ拳を握るが、彼の単眼に映るものは次の瞬間に宿儺の背中から靴裏に変わっていた。
宿儺はそのまま漏瑚を蹴って跳び、ビルの壁面に取り付いて黒川を見る。
「クク」
ぱっくりと縦に裂けていた彼女の右腕は既に元通り。
治癒の対象外となる、もはや機能を失ったパーカーの右袖だけが、起こる風でばたばたとはためいていた。
「おお、痛い痛い。哀れな弟子への手心はないのか、師匠ォ?」
「虎杖君はこのくらいで弱音一つ吐きませんでしたけど……あなたは痛いんですね」
「小僧達の前では犬のような阿呆面をさらしている癖に言うではないか」
「ごじょさんから聞いてます。あなたが以前、一度死んだ虎杖君を生き返らせたこと」
――だから加減はしない。
少年院の件の後に宿儺が虎杖を蘇生できたのは、それが事実上の自死で、呪力の介在するものではなかったからだ。
故に黒川が殺せば反転術式でも蘇生できない可能性は高い。
しかし、15本もの指を喰らって半分以上の力を取り戻している――黒川は知る由もない――宿儺を相手に殺さず制圧する力も余裕も彼女にはない。
なにより、彼女は死ぬわけにはいかなかった。
虎杖が戻ってきたときに、師を殺してしまったと悔やませないために。
(彼は、度を越して優しいから)
これだけの規模の戦いだ。
恐らく自分が到着する前に、既に死者が出ているだろう。
そのうえ自分までここで呪いに殺されてしまえば、あの少年はきっと、自分なんかのためにも泣いてしまう。
ならば、目の前の悪魔を殺してでも止めよう。
(これ以上、虎杖君に誰も殺させない)
「ぬうぅぅぅおおおおぉぉぉ!!!」
黒川の決意。その太陽のような温かい慈愛がための悲壮な覚悟。
それすらもこの戦いでは余分だとばかりに、幾つものマグマの巨大な水柱が漏瑚の雄叫びと共に噴き上がった。
「『火礫蟲』!!」
蛇のようにうねりながら襲いかかるマグマ。
幾本もの灼熱の奔流を、呪力の瞬間的な放出によって壁面スレスレを滑るように飛んで縫うように躱す黒川が、壁面を駆け登る宿儺と幾度も交錯する。
「ハッ! かけっこでもするか?」
「私駆けてませんけど」
「洒落の通じん女だ。まあよい」
離れては迫り、迫っては離れ。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」
その繰り返しの中で激しく打ち合う二人に耳障りな絶叫を上げる怪蟲の大群が突っ込み、大爆発を起こした。
衝撃でビルの全ての窓が割れ、粉々になった端から熔けたガラスが宿儺へ降りかかる。
さながら赤い雪。その光景にほう、と場違いな感嘆を溢す宿儺を黒煙から飛び出した漏瑚が襲った。
「ウオオオォーー!!」
壁に立っているという異様な状況で続く肉弾戦。赤熱した両拳を叩きつけんとする漏瑚を宿儺は軽くあしらう。
「せぃや! ――い゙ぃっ」
「仲間外れで寂しかったのか? 忘れてなどいないぞ、ほら頑張れ頑張れ」
手首を掴み、流れるように漏瑚の関節を極めた宿儺が笑う。
耳元で聞かされるおぞましい猫なで声に、それでも漏瑚は怯まず攻撃を続行する。
掴まれた腕を自切して漏瑚が宿儺の手を離れた瞬間、ビルの中に生やした無数の火山の火炎放射が宿儺の立っていた一面を焼き払った。
ビルの階層一つ分の幅を取った広範囲攻撃。
しかし、一秒も経たぬ間にその階層そのものが炎ごと賽子状に切り刻まれてしまう。
「ぐ……!」
「ハアァッッ!!」
「むおぉ!?」
足場も足も失って狼狽える漏瑚と、嗜虐的な笑みを浮かべる宿儺。
その両者目掛けて、先程の爆発を避けてビルから一時的に離れていた黒川が腕を振るい、鞭のように竜巻を叩きつける。
吹き荒れる呪力に、刻まれたビルの階層はあっさり弾かれてマグマの海へボトボトと落ちていき、達磨落としの如く上階がその位置に轟音を立てながら収まった。
この世のものとは思えない激しい戦闘を繰り広げながら、宿儺と黒川はマグマに沈みゆくビルの屋上へ立つ。
そして二人に一歩遅れて加わる、手足を再生させた漏瑚。
彼らはほぼ等間隔に、三角形が描ける位置取りで対峙する。
(……黒川蘇我の呪力が減っている)
激しい戦闘で観察する暇のなかった漏瑚が、ここで彼女の消耗を察知した。
渋谷にやって来た時の彼女よりも、明らかに呪力の圧が弱々しくなっているのだ。
消耗は当然だろう。
ただでさえ黒川は夏油の放った呪霊達を祓ってからの連戦。
それも宿儺を相手取っての戦いだ。
むしろ未だに呪力切れを起こしていない呪力効率にこそ、目を見張る。
この場での漏瑚の思惑は二つ。
一つ目。
黒川が加わった乱戦を利用して宿儺の隙を突き、攻撃を加えること。
二つ目。
イレギュラーな、現時点での術師側の最高戦力である黒川を殺してしまうこと。
既に単独で宿儺に一撃を与えることを半ば諦めていた漏瑚にとって、彼女を殺して宿儺との一対一に戻ることは死を意味していたが、まだ呪霊(自分達)には真人がいる。
このまま普通に戦闘を続けた場合、真っ先に脱落するのは自分であろうという分析もあり、後に続く彼のために敵を減らすという選択肢が漏瑚の頭にはあった。
彼女が消耗しているのならば。
理想の実現のために己が成すべき行動、その優先順位の天秤は傾いていく。
「……」
漏瑚の視線の意図に気付いているのか定かではないが、黒川が息を吐いた。
そして彼女の纏う呪力が、風を受けた湖面のように波立ち始める。
「ぬっ」
迸る黒川の呪力を受け、花御から彼女が領域展開を会得している術師だと聞いている漏瑚が領域展開かと掌印を組みかけ、途中で違うと察して動きを止める。
(……なんだ、黒川蘇我は風を操る術師ではないというのか!?)
彼の認識はある意味では正しかった。黒川が武器にするのは風。
しかしあくまで、風はその特性を持ったただの“呪力”。
『電気だけじゃ使い勝手悪いでしょ。だから家電に電気を流して様々な効果を得るわけ』
かつて五条は虎杖への講義で、呪力と術式を電気と家電に例えた。
虎杖は当時、五条に肝心の術式は“使えない”と期待を裏切られたが、彼女は違う。
そして“家電”という表現も正しくない。
「“回れ”」
黒川を中心とする旋風が激しさを増す。
「“巡れ”」
宿儺が心地好さげに風を浴びて両腕を広げる。
「“廻れ”」
限界だとばかりに、死闘を間近で浴びていたパーカーのファスナーが壊れ、中に着ていたTシャツが露になる。
「なっ――」
「ケヒッ」
彼女の術式の規模は謂わば、無数の家電へ電気を供給する発電所。
未だ人類が自在にすること叶わぬ力。
それがたった一人の人間の内側で躍動する。
炉に、火が点った。
――術式解放
――核熱術式!!
「私の術式は、私自身を核として核融合を起こし、呪力を生成するものです」
「呪力が膨れ上がって…!」
「面白い! 魅せてみろ、黒川蘇我!!」
その声に応えるように“天道”の名を戴く呪術師は拳を振りかぶって――
帳に覆われた渋谷の夜空に、太陽が落ちた。