混濁中盤
定期的にあの行為をするようになってからブレイブは随分と大人しくなった。正気の状態とは言えないものの、激情と嫌悪に駆られ同胞を殺し回るようなことは激減した。
これで良いのだ。厄介だったヤツの狂気が俺一人の身体で治まるなら安いもの……そう、思っていた。
「う…グッ…ぁ…ああ…!!」
身体にノイズが走るのと同時に過去の記憶がドッとなだれ込んでくる。それは非常に鮮明で、俺自身の記憶と区別がつかないほどに生々しい。肉体関係を持ってからというものの以前から頭を悩ませていた記憶の混濁が顕著になった。最初の頃他人事だったはずの記憶は今や俺を苛んで止まない。
「うっ…うぅ……」
内側から蝕まれていく感覚に覚えがある。これも宿主の記憶だ。蝕んでいたのは俺だったはずだ。なのにどうして今になって宿主が侵食してくる?
「うぁ…クソっ…これではどっちがウィルスだか分かったものではない…」
「大丈夫か小姫!? 何があったんだ…!!」
いつの間にかブレイブが心配そうに近付いて来た。ああ、面倒臭い。もとよりお前のせいで俺はこうなっているというのに…!!
「…なんでもない…少し、立ち眩みがしただけだ…」
「とてもそうとは思えない……」
「平気、だから……気にしないでくれ」
「小姫……」
本当に俺を気にしないでくれ。あの時のお前は決して見ようともしなかったはずだ。どうしていまになって構ってくるの。もう手遅れでしかないだろうに。愚かしい。いっそ憎らしい。
でも、
飛彩があんなにも必死になって私を見ていてくれるのがとても愛おしくて、同じくらい辛くて悲しい。
「…小姫、泣いているのか…」
「え……」
手を目元にやると濡れている。これは、一体どういうことだ。何故俺は涙なんか流している。
「……小姫」
そう小さく呟くとブレイブは俺を抱きしめた。拒む間すらなく、すっぽりとブレイブの腕に収まる。いつの間にか俺の姿は宿主の姿へ変わっていたらしい。その事実に恐怖を覚えるよりも先に温もりの安堵が訪れた。
「大丈夫だ、小姫。…お前を害する全てからお前を守る。今度こそ絶対……」
「飛彩ったら…」
抱き締める力が強まり、俺とブレイブの距離がさらに縮まる。昨夜感じた熱がとなりにある。そう意識した途端、無性に胸がざわついた。
ブレイブ。早く正気を取り戻してくれ。
さもなければ俺は…跡形もなく消えてなくなってしまいそうだ…。
「小姫…きみを世界で一番、愛している」
「…わたしもだよ、飛彩」