淫靡なる再誕
「これを使える日が来るなんて~♪あー生きててよかったぁ!」
喜色に満ちた声色とガッチャガッチャと硬質なものが運ばれる音。
それらが鼓膜を振るわせ、私は目覚める。
「ぅ…」
目を開けると、そこには私に絶望を植え付けたあの生徒がいた。
(また…動けない…)
身体は昨日に引き続き拘束されていたが、妙なものに替わっている。
それは私を挟み込む様にして拘束するフレームバインダーだった。
身動きは更に制限されていた。顔の向きすら固定されていたのだ。
脚は肩幅程に開かれ、手は全ての指のそれぞれの関節に至るまで広げて戒められている。
目線だけで上を見れば牢屋の天井にはレールが敷設されており、牢の外にまで続いていた。
(寒い…恥ずかしい…もう、いやぁ…!)
素肌を晒し、手で隠すことすら出来ないこの状況は非常に堪えるものがあった。
普段は服に覆われている恥部をひんやりとした牢屋の冷気が撫でる。
今は同性しかいないこの場所でも、それは羞恥心と嫌悪感を搔き立てていた。
「あっ、おはよー417番!」
「…」
彼女は私が起きた事に気づき、挨拶をしてきた。
当然、返す気なんて微塵も起きない。
あの忌々しいタトゥーの機械を作ったのは彼女なのだ。
その上、男の言葉を思い出せばこの拘束も彼女の仕業であることは容易に想像できる。
すると次第に、私の中には怒りがこみ上げてきた。
取り返しがつかないことをされたが故に、彼女には恨みしかない。
おまけに私を人として否定するかの様に番号で呼ぶ。
気づけば私は、自身の状況への悲観と彼女への怒りを言葉に乗せて発していた。
「どうして…」
「ん?なぁに?」
「どうして貴女は、こんなことが出来るの…!?」
「それに417番って何!?私には、”鬼方カヨコ”って名前が…!」
感情の昂ぶりで泣きそうになるのを堪えながら尋ねる。
それは理解できない彼女の人間性を非難しつつ、詰める様に。
何故同じ女でありながら、ここまでの恥辱と非道を成せるのか。
少しでも躊躇いがあるのなら理解はできる。
だが、彼女は初対面からその眉一つすら顰めない。
まるで機械を相手しているかの様で、得体が知れないものに見えてしまう。
有り体に言ってしまえば、彼女は不気味なのだ。
だからこそ、私の本能が彼女を理解しようと言葉を発したのだろう。
だが、返って来たのは予想だにしていない反応だった。
「あー!ダメダメ!口閉じて!」
彼女は焦った様に私の声を大声で遮る。
そして周りをキョロキョロと見渡すとほっと胸を撫で下ろし、呟き始めた。
「はぁ…着けるの忘れてたよ…あっぶなー…」
訳が分からないままでいると、その生徒は私の後ろに回り込む。
そして身動きできない私の首に、金属製の冷たい何かをカチャンと嵌めた。
「何を言って…っ!?」
着けられた瞬間に感じたのは針が突き刺さり、首に何かを注入された感覚。
次いで背骨に沿うように固い何かがカチャカチャと這い、尾骨の辺りにまで達する。
そして───
「ぎぃっ!?」
それらから脊椎に目掛けて、一斉に針が突き刺された。
刺された針からは更に何かが伸び、激痛と共にメキメキと私の脊椎に根を張る。
そして全身に痺れる様な感覚が一度走ると、私は驚愕した。
(何…これ…!?…身体が…動かない…?何も感じない…呼吸すらできない…!?)
私は触覚と身体の一切の自由を失っていた。
手足は勿論、羽も、視線も、瞼もピクリとも動かせない。
気づけば生理現象の一つである呼吸すら、奪われてしまっていた。
呼吸をしようとも肺は膨らまず、徐々に窒息感が増していく。
「これでよし、と。あ、”呼吸を許可する”。」
「…はぁっ!はぁ、はぁ…」
「えーと…定着率100%…よし!」
漸く呼吸ができる様になり、饐えた臭いが未だに漂う牢獄の不味い空気を吸う。
そんな私を見た彼女は満足気に頷くと、意気揚々と話し始めた。
「ではまず最初に、ここの絶対のルールを覚えてください!」
私の先ほどの剣幕は意にも介されていなかったのだ。
その事を悟ると私の先ほどまでの激情は、あっという間に冷え切ってしまった。
私は思ってしまったのだ。彼女は『理解不可能な者』だと。
要するに、私は目の前の彼女に恐怖していた。
彼女は視線すら動かせない私の前に手を上げ、指を一つずつ上げていく。
「一つ。貴女は生涯ご主人の道具であり、人権はもう存在しません。」
「拒否する権利も存在しないので、状況に早めに慣れてください。」
「まあ自分の身体を見れば、嫌でもわかるでしょうけど。」
彼女は何の権利があってこんな事を言っているのか、と腹を立てる所だ。
だが、一度恐怖に竦んでしまった心は全くその様には動かない。
そして自身の身体を想起させる言葉で、私は刻まれたそれを再度思い出す。
(そうだ…私はもう、どこにも行けないんだ…)
こんなものが誰にでも見える位置にあっては、誰かに会う事すらできはしない。
便利屋の皆も、否が応でも腫れ物を扱うように接してしまうだろう。
考えるほどに絶望が再度湧き上がってくる。
仮にここを出れたとして、どうやって生きていくか。
いや、そもそもここはどこなのか。この拘束を外して逃げるタイミングなどあるのか。
恐怖した心にその絶望は重く圧し掛かり、私は一つの解に辿り着いてしまう。
(無理…だ…私は、もう…あの日々には帰れない…帰れるビジョンが、浮かばない…)
私の心はすっかり砕け、折れ切っていた。
「二つ。貴女の名前は管理番号の下三桁です。」
「ご主人に所有して頂く前の名は、名乗るときっつい罰があるので気をつけてください。」
「折角色々できる機会を頂いたのに、罰で壊されては堪ったものではありませんので…」
(ば、罰って、何をされるの…!?)
折れた心は怯えて震えることしかできず、反抗心などもう湧くハズも無かった。
その一方で、彼女は楽し気に語り続ける。
「ご主人の部下の皆様は本当に優秀です。既に貴女の死亡届は受理され、学籍も抹消されました。」
「この私が造った細胞の数まで再現したと言える程の完璧な遺体は、愚鈍な凡夫共には見抜けません。」
「しかしそれでも、迅速に人一人を社会から消しきるのはご主人しか成し得ない偉業でしょう♪」
そう言うと彼女は私に数枚の紙を見せてくる。
死亡届書記載事項証明書にゲヘナ学園の除籍証明書。いずれも正式なものだ。
言い訳のしようがない程、彼女の言葉が真実である証明に他ならなかった。
名前すら奪われたという事実に私は愕然とし、頭が更に真っ白になる。
「三つ。貴女はご主人に”出産娼婦”の役割を与えられました。」
「より多くの男性に腰を振って精を恵んで頂き、雌の赤子をひり出す事が至上命題です。」
「産めなくなったり、お客様から飽きられた時が貴女の最期です。」
追い討ちをかけるかの様に“出産娼婦”という言葉が、私の中に重く圧し掛かってくる。
キヴォトスにおいて鬼方カヨコという存在は、死亡したと完全に認識された。
何もかもを失った今ここにいる私は、生きながらにして亡者。
鬼方カヨコ”だった”何かであり、何者でもないのだ。
「以上三点をその命に刻んで、残りの生を生きてください。」
「妊娠自体は昨日のご主人との行為で受精していることは確認していますので、第一段階はクリア済みです。おめでとうございます。」
故に、今この場における定義付けは極めて重要な意味を持っていた。
彼女は一拍と「いいですか?」の一言を置いて、私の存在を定義付ける。
「今日、この瞬間を以て、貴女は『”出産娼婦”417番』です。」
それは”誕生”、或いは”再誕”。何者でもない者が、その存在に意味を持つ瞬間。
そしてその意味は極めて侮蔑的で、屈辱的で、冒涜的だった。
言葉は私の認識に残り、弱った心に確かに刻まれてしまった。
「おや?許可していないのに涙を出せるなんて。非常に喜んで頂けて何よりです!」
「この分だと私の仕事も順調に進みそうです。準備があるのでちょっと待ってて下さいね?」
私は…”鬼方カヨコ”の終わりを、認めてしまった。
瞳からは止めどなく涙が溢れ、頬を、胴を伝って床を濡らしていた。
──────────────────
「…さて、先ほど私に”何故こんなことが出来るのか”…そう仰っていましたね?」
準備を済ませて帰ってきた彼女は私の問いに答えてきた。
「それは…私が天才だからです!!」
だが、その内容は主旨を完全に勘違いしているものだった。
「私はそこいらの凡夫が理解できる様な浅い者ではないのです!」
「追放されたのも私の尊大さを理解できないバカ共が…!」
彼女は一人でヒートアップし、早口で周囲への不満や恨みを吐く。
だが、その手は着々と作業を進めていた。
私の近くにはキャスター付きの台が置かれ、上にはメスや注射器が所狭しと並んでいる。
これから何をされるのか、自分はどうなってしまうのか。恐ろしくて堪らなかった。
「──聞いてますか!?少しは相槌でも…!…あ。」
「これは失敬、呼吸以外の許可を出していませんでしたね。すっかり忘れてました。」
「”痛覚を除外し、全制限を解除”。これで動けるでしょう?」
「さあ、私の偉大な功績に対する感想をどうぞ!…あら?」
「お願い、します…やめてください…!これ、外してぇ…!」
私は恥も外聞も無く恐怖に顔を歪ませ、身体を震わせ泣きながら赦しを乞う。
しかし、その懇願に対して返ってきたのは予想だにしなかった疑問だった。
「はい?やめるわけはありませんけど…外すって首と背中のそれのこと言ってます?」
「外したら即死するので、もう外せませんよ?」
「ぇ…?」
何を当たり前の事を言っているんだろう、といった様子で彼女は語る。
「その端末は人間の身体機能の殆どを奪い取り、ご主人の制御下に置くものです。」
「軽く説明すると貴女自身の全神経を制御する機能は既に破壊されました。」
「今はその端末が代わりを担っているので、破壊されたり外されれば当然死にます。」
「どういう…こと…!?」
「ああ、貴女だけの特別製じゃないですよ。私も…」
そう言うと彼女は自分の上半身の衣服をもぞもぞと脱ぎ、裸の上半身を晒し、背を見せつけてくる。
「ほら、この通り!」
そこには鈍い薄紫の光を放つ機械が、背に張り付いていた。
「ご主人は疑り深い方なので、生殺与奪を握れるこの装置の着用を私達に義務付けてます。」
「ここにいる貴女と同じ娼婦達も、全員着けさせられていますよ。それに…」
彼女がこちらに向き直ると、その豊満な乳房が大きく揺れる。
だが同時に、何故かチャランチャランと金属の音が鳴った。
音の発生源は乳房の頂点。そう、乳首だ。そこには光沢を放つシャックルピアスがあった。
「ふふーん♪これいいでしょ。服と擦れると気持ちいいし、ご主人が引っ張ってくれるんだぁ。」
「そうそう、管理番号とバーコードも貴女と同じでこの通りです♪」
「私のことは006番と呼んで頂いても構いませんよ?過去の名前なんてどうでもいいですし。」
彼女は自分の乳房の右側を持ち上げ、その下に隠れていた肌を晒す。
そこには『3280006』の管理番号とバーコードが確かに刻まれていた。
「では、世間話はこのくらいにして、そろそろ仕事を始めましょうか?」
「貴女の心と身体を私の全力を以て、最高の娼婦にして差し上げますからね…!」
「ひっ…!?」
私という少女の人格が、数か月に渡ってじっくりと殺され始めた瞬間だった。
──────────────────
「うぅ…ふぅぅ…おっぱい、熱い…お尻痛いよぉ…」
「元から薄かった身体を恨みなさい。それに、デビュー後に貧相でお客取れないと貴女が困るよ?」
「まだまだ試したい薬はいっぱいあるから。早く当たりを引いて大きくなると良いわね。」
「あ”っ!?また注射ぁ…!」
ある時は、豊胸と豊尻のためにひたすら注射を打たれた。
「ブチっとしますよー?」
「いぎゃああああああ!?!?!?」
「これで両乳首とクリトリスに穴が開きましたね。じゃあリングピアス着けましょうか。」
「…よし、通った。後は、この機械で挟んで…!」
「あ、熱!?」
「ふぅ、溶接完了です!このピアスは一度着けたらもう二度と外せません。」
「固まると熔融点がとても高くなる非常に固い合金なので、身体側を切るしかありませんからね。」
「よ、溶接!?そんな、聞いてな…!?」
「…?どうせ死ぬまでここですし、感度も上がっていい事尽くめですよ?」
「あ、身体の洗い方はまた今度教えますね。」
「あ、あぁ…いや、ぁ…あぁぁぁぁぁ…!」
ある時は生涯を共にするピアスを着けられた。
「あぁっ、あああっ!!アソコ、気持ち、いっ…!!」
「何度も言わせないで下さい。”アソコ”じゃなくて”おまんこ”です!」
「それと”イク”と言いなさい!家畜以下のド低能ゴミ雌!」
「痛あ”あ”あ”あ”!!やめでっお仕置きやめでえ”え”えええ!!!」
「お、おまんこっ!おまんこイギまずぅぅ!!!イキそうでずううううううう!!!」
「もっと媚びる様に言いなさい!」
ある時はディルドで奥を穿られながら、淫語を教えられ、言葉使いを矯正された。
「妊娠から出産までに280日もかかるのは時間の無駄ですからね。」
「嫌ぁ!嫌だぁ!!私、もっと生きたいよぉぉぉ!!!」
「うるさいですねぇ…どの道貴女は産めなくなったら処分されるでしょうに。」
「寿命が4分の1になる代わりに出産まで2月半で済むなら、むしろ長生きできるかもしれませんよ?」
「さ、ワガママ言わずに培養槽に入りましょうねぇ。これで敏感お肌や常時発情、その他諸々の効果も得られますよ。」
「いやぁぁぁ!!殺される!!助けてっ、助けてぇぇぇぇ!!!」
「うあああああ!!あ”あああああ!!!お願いっ!!やめでよお”おおおおおお!!!!」
「はぁ…殺すわけないでしょう?そんなことしたら私が大目玉をくらいます。」
「ディープスロートの練習も兼ねて呼吸用のマスクはロングディルドに、鼻にも詰め物をして呼吸制御しますよ。」
「ご、お”ぉえっ!!!え”う”っ、お”、おえぇ…!」
「お休み中でも私がしっかり調整するので安心してくださいね。」
「では、また来月にお会いしましょう。いってらっしゃーい♪」
「むぅぅぅ!!むう”ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
ある時は薬液に満たされた培養液の中で命を削る改造を施された。
それら全てに、一切の慈悲は無かった。
こうして私は、純潔を散らされたことを嘆き悲しむ少女から、媚肉を震わせる卑しい売女へと変貌させられていったのだった。