海に還る

海に還る


「遅くなっちまって、悪かった」

母の亡骸から解放されて海に還る影を、祈りとともに見送った。

これでようやく、フレバンスの悪夢は終わる。

おれに願いとこの弓剣とを託して逝ったあの男にも、せめて救いがあっただろうか。

獣と化した、罪もない人々を狩り尽くしたおれたち狩人にも、なにか赦しがあるのだろうか。


ローのもとに、戻らなければ。

浜辺の砂利を踏みしめたその時、耳に届いた声があった。

子どもの声だ。あの白い上位者の内側から、助けを求める叫びが聞こえてくる。

「ロ゛ー!助げで…出しでぐれ゛ぇ!!」

「待ってろ!すぐ引っ張り出してやるからな!」

ローの名前を呼ぶ声に、驚いたのは一瞬だった。裂けた白い腹部に腕を突っ込み、内臓攻撃の要領で肉を掻き分け細い腕を慎重に引き出す。麦わら帽子に左頬の傷。間違いない。

「!!"コラさん"だ…!ありがどう゛…!」

「ローの友だちの…なんだってこんなところに…」

その不思議な友だちの話は、ローからよく聞いていた。おれがいないときに限ってやって来てしまうから、コラさんに会ってみたいと何度か駄々をこねられたと、呆れたような、それでいてどこか嬉しげな調子で呟いたローの表情をよく覚えている。

「きょうは夢に来れたと思ったらまっ暗でよ…!苦しくて辛くて…ホントに死ぬかと思った…」

目に涙をいっぱいためながら俯く小さな体には、少なくとも目立った外傷はなさそうだった。なにがどうなってこんな悪夢に迷い込んだかは分からないが、狩人の夢に何度も迷い込んでいる時点で今更か。ひとつ息をつき、麦わら帽子ごと頭を撫でて、気がついた。

匂いがあまりにも、似すぎているのだ。

先ほど海に還ったはずのあの影に。

「でももう平気だ!コラさんが助けてくれたし、おれは海賊王になる男なんだからな!」

乱暴に涙をぬぐった子どもが、赤い目元で笑う。

海賊王になるのだと常々宣言していることも、ローから聞いて知っている。だが、それは。

「…海賊王になるのが夢なのか?」

「んー…いや?おれはな…!」

そうか。そういうことか。

それは正しく、夢の"果て"だ。

「いいな。すごくいい」

「おう!」

パズルのピースがはまるように、悪夢の旅路が解けて消えていく。

血に呪われたおれたち。

神の天敵。

おれと血の遺志を、見える世界を共有していたロー。

そして、海に還った影の行き先も。

「ローの夢を、聞いたことはあるか?」

「あれ?ねえ!ししし…!今度会ったらきいてみるか!」

「よかったら一緒に、その夢の果ても話してやってくれ。きっと喜ぶ」

「わかった!」

さっきまで泣いていたのが嘘みたいに、明るい声で麦わら帽子の子どもが笑った。


「げっ!おれもう帰んないと…」

「一人で帰れるのか?」

「いつも帰るときは勝手に帰れるんだ!」

今度会ったときは冒険の話を聞かせてくれよと元気いっぱいに手を振る後ろ姿に、おれも笑って手を振り返す。

受け継がれる遺志があの海をひと繋ぎにするのならば、おれは、おれたちの夢の中で、世界を留める軛になろう。

遺志を継ぐ業こそが、狩人の有り様なのだから。

一人残された海岸で、ぬるい水に足を浸した。

響き渡る解放の音色を、思考の内に焼き付けながら。

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