浄土にて

浄土にて


恨み言くらい聞いてやると言ったら女は首を傾げた。野望の果てに辿り着いた最期は何の因果かこの女の膝の上だった。あの時、もう目なんか見えちゃいなかったがこの女がどんな顔をして膝を貸していたかは想像に容易い。自分達は仮にも夫婦というものだったから女の事はそれなりに知っている。教え子だった猿飛の砂利共を眺めていた時と同じ顔をしていたに違いない。鋭い目付きに反してこの女は時折驚く程に優しい顔をするのだ。そんな顔は案外嫌いじゃなかったし久々の女の膝は動く死体にしては柔らかく心無しか暖かく感じた。だから、気まぐれに恨み言くらい聞いてやろうと思った。この世は余興と割り切って散々世を乱した。この女にも酷いことをした。


それなのにこの女、首を傾げやがった。はて、恨み言とはなんて言いたげな顔をしている。


「なんかあるだろ、言いたいことの一つや二つ」

「……未来あるうちはの若者を刺したのはどうかと思う。カブトとかいう若いのがいなければどうなっていたことか」

「……それで、他には」

「うーん、私の術を悪用するな?……しかし、まあ影分身を使って死を偽装した件は流石だったな。開発者冥利に尽きる。なんだお前結構真面目に私の術の話聞いていたのだな」

「っ、お前なあ。自分にされた事でなんか無いのか。あるだろう?どうして置いていっただとか、柱間と仲違いした事とか」


女は馬鹿な奴とでも言いたげに笑った。顔はちっとも似てないが此奴は柱間そっくりだ。寛容というには度が過ぎて許容範囲が広すぎる。兄妹揃って此奴らと来たら。


「兄者とはさっき和解してくれた。だからそれでいい。それに私のことを置いていったけどお前は帰ってきてくれたじゃないか。一人で髪の手入れをするのに困っていたから実に助かった」


今は短くなってしまった髪を撫でながら女は少し照れ臭そうに言った。髪を伸ばした姿を見たいと言ったら変化の術で横着する情緒のない女だった。俺の為に髪を伸ばして欲しいとは終ぞ言えず、ただ良いと言うまで切るなと命じた。公にはうちはマダラが死に、終末の谷が出来てなお律儀に約束を守っているものだから、堪らなくなってこっそり会いに行った。うちはマダラでもなんでもない、ただの狐の面の男として。なんてことは無い、ただの余興だ。柱間が目を光らせているうちは計画を進めることは出来ない。だから和平の為だと里のために望まぬ婚姻を結ばされた挙句捨てられた憐れな女を嘲る余興だった。


「……手入れしてくれていたのにすまないな。大事に出来なくて」


美しく手入れされていた白髪は見る影もない。和平の為に訪れた雲隠れでこの女は致命傷を負った。弟子達さえいなければ忍界最速と言われたこの女は難なく里に帰って来たのだろう。だがこの女はそれをしなかった。それが全てだった。お前だけが心残りだと震える声で言いながらそれでも何処か晴れ晴れとした達成感のある顔で女は息を引き取った。思えばこの女の泣き言は後にも先にもこれっきりだ。


「……お前、俺の事が最後まで心残りだなんだと言ってただろう」

「危なくて見てられないからな。兄者は頼りたいけどお前は支えてやらねばと思ってしまう」

「お前に酷い仕打ちをする男相手に支えたいとはな」


鼻で笑えば、女は両の手で俺の頬を包み込んだ。女の方が背が低いので必然的に少し屈んでやることになる。鼻先が触れる距離で女が笑う。白い睫毛が揺れる。


「生きている間、酷いことをされたと思ったことなんてない。恨み言と言うならお前の方が私に言いたいことが山ほどあっただろうに終ぞ私にぶつけて来なかった。飲み込んでくれていた。その優しさを好ましく思う」

「柱間もだが……お前とは噛み合わん」

「噛み合わないから面白いんだろう人間は」


猫がじゃれるように白い前髪が額に触れた。悪い気はしなかった。


「お前にとって俺はまだ心残りか」

「あぁ、お前はずっと私の心の中にいる」


「……勘弁してくれ」


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