『洞穴にて』

『洞穴にて』

(全年齢版)

「ケホッ…ウタ、大丈夫か…?」

「私は…それより、ルフィの方が…早く、どこかで手当てしないと…」


ルフィとウタ、海軍の若き英雄から一転し世界から追われる賞金首となった二人は、行き着いたある島でゆっくりと足を引きずりながら進んでいた。

先程賞金狙いの海賊の罠をなんとか回避したものの、ウタを庇ったことでルフィの肩は大きく斬られ、出血が今でも止めきれていない。

更には容赦なく振り続ける雨が、二人から体温を奪い、更にルフィの出血に追い打ちをかけ続けている。


「ゲホッ…ウタ……前、穴がある…」

「…洞穴…うん、そこに避難しよう…」

二人の目の前には、崖に空いたそれなりの穴が見えた。

周りも森に囲まれているこの場ならそう簡単には見つからんだろうと、二人がその中に入っていった。


中は思いの外奥まで続いており、雨風をしのぐには十分だった。

獣がいたのだろうか、落ち葉などの名残もある。

まずルフィの傷をありあわせの医療具で手当てしていく。

逃亡生活の中ではろくな調達も出来ていないが、それでも最低限の包帯と道具だけは確保できていた。

止血を済ませたあとは、雨で濡れた体を温めるために落ち葉で火を用意する。

なんとか洞穴の中に暖かさが広がっていった。

正義の掠れたボロボロのコートと傷だらけの服を脱ぎ乾かす。

薄着となった二人もまた、火の前に座して手をかざしていた。


「…大丈夫、ルフィ?」

「ん?ああ、大丈夫だ、こんくらい」

そう言って笑うルフィだったが、その肩に巻かれた包帯は手当の名残で赤く染まっている。

それだけじゃない、服を乾かし上半身を晒したルフィの体には、あちこちに傷の跡が残っている。

海兵時代にも傷は確かに少なくなかったが、ここまで多くはなかった。

それも当然だろう。ルフィとウタの敵は、世界最大規模の軍隊なのだから。

剣で斬られたあと、マグマに焼かれた火傷後、光に貫かれた穴の名残り、氷の凍傷の傷跡…ルフィの体には、多くの戦いの証が刻まれている。

戦うことが出来なくとも、ルフィに守られることで大きな怪我なくここまで逃げれたウタとは真反対だった。


「…ねぇルフィ、そっち行っていい?」

「ん?いいぞ?」

了承の言葉を得たウタが立ち上がり、ルフィの隣…ではなく、その正面、腕の中に収まる。

少し驚いたルフィだったが、すぐに受け入れるように足を折り曲げ、ウタを包むように手を前で重ねた。


「…あったけェな」

「…うん」

火に加えてお互いの体温で温め合う。

ルフィに抱き包まれるようにウタはその体温を全身で感じられていた。


生きている。

確かにルフィはまだここに温もりがある。

…いまはまだ。


いつまで続けられる?

いつまで逃げられる?

いつまで…このぬくもりは、そばにいてくれる?

そんな不安がウタの中で膨らもうとする。


…そもそもルフィがこうなっているのは、すべて自分のせいだと言うのに。


「………っ…!!」

「おい、どうしたウタ…どっか痛いのか!?」

突如自分の目の前で泣き出したウタにルフィが心配の声をかける。

振り返ったウタが、涙を拭く間もなくルフィの体に抱きつく。


「…ごめん……ごめんねルフィ…」

「…お前また…」

時々こうなった。

自責の念からか、ウタは時々こうしてどうしようもなくルフィに抱きついては謝罪を繰り返す。

その度にルフィはウタを励まし続けてきた。


「何度も言ったろ?お前は悪くねェ…全部あの白ブタが悪いんだ」

あの日、世界のすべてを敵に回すことになった日。

ウタを妻として連れて行こうとする白ブタ…天竜人のチャルロスを殴ったことを、ルフィは後悔したことなど一度もなかった。

ずっと共にあった大事な存在が奪われるくらいなら、地位も名声も平穏もすべて捨てられた。

しかし、それでもウタの中でどうしようもない罪悪感は溜まってしまう。

それが時々こうして表に現れるが、今回は特に大きかった。


「…でも私…あの日からずっと守られてばっかりで……戦えないままルフィばっかり傷が増えて…」

「おれが守りたくて守ってんだ、お前が気にする必要なんかねェ」

「…私…もしルフィが私のせいで死んだらって…ずっと……」

「約束しただろ、おれはお前置いてかねェし、置いて死ぬなんてこともねェ!!」

どこまでも力強いルフィの言葉に、ウタはしばらく止めることの出来ない涙を流し続けながらルフィにしがみ続けた。


「…落ち着いたか?」

「………」

「そしたら少し休むか、また明日は食い物探さねェと…」

「……ねぇ…一つだけ、お願いしていい?」

「なんだ?」

抱きついたままのウタが、ゆっくりと口を開いていく。


「……抱いて、ほしい」

「…っ!?ウタ…!?」

いくらなんでも、その言葉の意味が分からないルフィではなかった。

厳密には海兵時代、二人の仲を見た一部の海兵に最低限の常識を叩き込まれたというべきだったが。


「…分かってる…自暴自棄になってるのもある…でも…それ以上に生きてるって…お互いまだ生きてるって、実感が欲しい」

「……でも…」



「…お願い…」

ウタがより強く体に抱きついてくる。

その様子を見て感じたルフィがしばらくして、口を開けた。


「……もしかしたら、それだけじゃすまなくなるかもしれねェ…おれ達だけの問題に出来なくなるかもしれねェ…」

ルフィの言葉に、ウタが唇を噛みしめる。

最もだった。もし仮にその行為の果てに起こりうる事態が現実になれば、

今よりももっと逃げることは難しくなる。

その責任を取れるほど、自分達…特にウタは強くない。


「…っなら─」



「だからよ」

ウタの言葉を遮るようにルフィが言葉を発する。

ゆっくりと、己の手の中のウタを掻き抱きながらルフィが言葉を続けた。




「─…歌ってくれないか、ウタ」


…その言葉の後に心臓を高鳴らせたのは果たしてどちらだったのか、それともどちらともだったのか。

二人には分からなかった。

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