洗われる生前宿儺様
「呪いの王」と呼ばれている、四眼四臂の人を喰う化け物が居るという。
新嘗祭も近付いてきた神帰月の初めに、主からそんな事を聞いた。
その際に、彼の者を持て成す役目を仰せつかったのだ、とも。
その時の苦虫を噛み潰したような主の顔に、背筋の凍るような恐ろしい予感と、漠然とした不安を覚えた。
そして来たる新嘗祭前日、その不安は異形を成して眼前に顕れた。
「面を上げろ。」
艶のある低い声が響く。
その声にびくりと身が跳ね、そろりと顔を上げる。
腹にはこの頭を丸呑みできそうな大口が開き、腿程もある四本の腕の一対を腰に当て、もう一対を組み、焔のように畝ねる紅蘇芳の髪を持つその頂は優に七尺はあろう。
そして、その貌の半面には爛れたような瘡があり、燃え立つ血のような瞳を持つ二対の眼が己を睥睨していた。
目を逸らせない。全身から汗が吹き出す。張り付いた喉がごくりと鳴る。恐ろしくて堪らない。それなのに、惹き込まれる。目を逸らせないのではなく、逸らしたくないのだとでも、言うようだった。
主が言う。
「このお方の身の周りの世話を任せる。粗相の無いようにな。」
嫌な予感とは当たるものだ。
だが、私のような下奴に、是、以外の応えなど許されてはいない。
額づき、震え掠れた声で返す。
「御意に。」
「宿儺様。この者に何なりとお命じ下さいませ。如何様にお使い頂いても構いません故。では、わたくしはこれにて。」
「そうか。」
主が退室する。
「すくなさま…」
主が呼んでいた名を思わず口にしてしまう。
はっとして床に額を擦り付ける。
「申し訳御座いませんっ!罰は如何様にでもっ!」
嗚呼、早速粗相をしてしまった。私は喰われて死ぬのだ。
ふっ、と息を吐いて嗤う気配がした。
「怯えずとも良い。楽にしろ。あの嫌な男はもう居ないからな。」
恐る恐る顔を上げると、先程感じた恐ろしい気配は鳴りを潜め、穏やかな表情で座しておられた。
話に聞いた傍若無人な人喰いの化け物とは結び付かないような悠然としたその御姿に、心からの言葉でお応えした。
「有難う御座います。誠心誠意、努めさせて頂きます。」
禊の手伝いをしろ、と宿儺様が仰った。
湯殿へと案内をし、お召し物を預かる。
皺にならないように軽く畳んでいると、
「何をしている。」
と腕を引かれた。
「手伝えと言ったろう。」
喜色に染まった眼と口が弧を描いている。
私の反応を楽しんでおられるのだ。
「…畏まりました。」
襦袢のみになり、湯殿へと連れ立つ。
黒く呪印の走る逞しいお背中を糠袋で擦り、流す。
腕、脚、前面。全て磨きあげるように。
そして、包皮に包まれながらも雄々しい陽物もまた、同様に。
「失礼致します。」
幹に手を添え、徐ろに鋒を顕にさせる。
溝をなぞり、湯を掛けながら溜まっていたものを落としていく。
縒れた皺の一本一本まで、丁寧に、念入りに。
けれどごく優しく、決して痛み等感じさせないように。
宿儺様の吐息が、荒く、熱いものへと変わっていく。
この時ばかりは、恐ろしくも美しい呪いの王を、可愛らしいと感じてしまう。
「お加減は如何ですか?」
「っ、訊かずとも…、解って、いるだろう?」
「……決してその様な意味では……」
そう言いつつ「その様な意味」で訊いている事が解っているのか、宿儺様は一対の腕で私の腕を掴み、もう一対で私の腰を掴んで持ち上げた。
そして心底愉しそうに仰った。
「そうかそうか。では、このようにした報いを受けてもらわねばな」
見ずとも解っている。私の清めという名の慰撫を受け、宿儺様の陽物は怒張して居られる。
嗚呼、私は、喰われるのだ。
目を伏せ、静かに応えた。
「罰は、如何様にでも。」